だが、その一方で、こうした表現規制がむしろファシズムを助長しているという指摘もある。今のドイツ人がヒトラーやナチスを批判するとき、ナチスの何が問題だったのか、一切の検証もせず、条件反射的な紋切り型の批判を繰り返してきた結果、陰謀論とレイシズムが地下で流通し、今回のネオナチ党30万票という得票に繋がったというのだ。
それだけにドイツ国内でも『我が闘争』を出版すべきという声は根強く、15年末、著作権の切れるタイミングをもって再出版する動きが出ていた。それに対してドイツ国内のネオナチ勢力が「バイブル」にしていると再出版を断固、反対する勢力も少なくなかった。
結局、この再出版問題、一端は全面禁止になりながらも、今年に入って一転、バイエルン州政府は「学術的な注釈を付ける」ことを条件に発行を認める結論を出した。つまり、『我が闘争』が世界的に解禁されることになったのである。
その結果、来年にかけて世界的な「出版ラッシュ」が予想されている。
先にも述べたが著作権をもつバイエルン州政府は、各国に対しても『我が闘争』の出版を禁じており、実際、00年、チェコで許諾なく出版されたときには、州政府の厳重な抗議で出版差し止めにしたほど。唯一、公的に認められてきたのが、戦前、ヒトラーと正式契約を結んで出版された英語版翻訳本(旧版)のみ。その販売もサイモン・ウィーゼンタール・センターなどユダヤロビーによる圧力で、手軽に入手できるものではなかった。それだけに州政府の解禁で、16年以降、各国語に再翻訳された『我が闘争』が世界中の書店や電子書籍で一斉に発売されることはほぼ間違いないところだろう。
いったい、『我が闘争』が世界中でバカ売れすれば、世界はどうなってしまうのか? しかし、少なくとも「日本」においてはそう大きな影響はないかもしれない。
というのも、日本はこれまでもずっと『我が闘争』を自由に出版してきた数少ない国のひとつだからだ。戦前は同盟国だった関係から、初版発行から遅れること7年、1932年には抄訳版『余の闘争』(内外社/坂井隆治訳)が出版され、その後も次々と注釈を加えた新版を発行してきた。戦後も、73年に角川書店が文庫版で新たな翻訳本を刊行。さらに2008年にはイースト・プレスから漫画版『わが闘争 (まんがで読破)』が出版された。この漫画版は発売から半年で4万5000部の売り上げを記録、「我が闘争出版大国」ぶりを世界に見せつけたこともある。
もちろん、バイエルン州政府が日本での出版を許可したわけではない。日本では、著作権に関する国際的な取り決め「ベルヌ条約」でとっくに破棄された「刊行後10年間翻訳されていなければ自由に翻訳できる」という規程が今なお経過措置として認められており(ただし、1970年以前に発行された著作についてのみ)、各社ともそれを利用してきたのだ。
主要国では、日本だけが『我が闘争』を自由に出版してきたという事実。思わず「今、アドルフ・ヒトラー先生の作品が読めるのは日本だけ!」と、「週刊少年ジャンプ」の宣伝文句みたいな台詞をいいたくなるが、いずれにしても、その『我が闘争』も版権切れまでもう1年半。世界的に右派、レイシズムが台頭する政治状況に大きな影響を与える可能性がある。その動きを注意深く見守りたいものだ。
(西本公広)
最終更新:2014.07.20 08:04