山村はともかく、映像化されヒットした作品を持っていることと、文庫の刊行点数にはかなり相関性がありそうだ。なかでも森村誠一・半村良・小松左京・筒井康隆と、往年の角川映画の原作者が目を惹く。森村の『人間の証明』や『野生の証明』、半村の『戦国自衛隊』、小松の『復活の日』、それから筒井の『時をかける少女』はいずれも映画化されたのは30年以上も前だが、原作はいまでも文庫で入手可能だ。
とりわけ『時をかける少女』は別格で、これまでに映画やテレビと繰り返し映像化されてきた。大林宣彦監督・角川春樹製作により映画化されたものが一番有名だが、その後も、角川春樹が角川書店退社後に自らメガホンをとったリメイク版、さらには角川歴彦の製作総指揮による劇場版アニメなどがつくられた。こうした経緯から、同作はいまでも角川書店(KADOKAWA)の角川文庫と、角川春樹事務所のハルキ文庫にまたがって収録されている。ちなみに角川文庫版のカバーイラストは、アニメ版でキャラクターデザインを担当した貞本義行によるものだ。
今回の対象にした作家には、テレビ番組の脚本を多く手がけた井上ひさしや平岩弓枝のように、本人が映像の世界にいたケースも見られる。ともに直木賞作家だが、平岩の冊数は、歴代の受賞作家の文庫刊行数からいってもかなりの上位に入るはずだ。根強い人気のある『御宿かわせみ』シリーズを収録する文春文庫だけでも60冊を数える。ただ、平岩は現代小説も多数文庫化されているものの、現在流通している大半は時代小説だ。一般的なニーズからすれば、平岩は時代小説作家という位置づけなのだろう。
時代小説でいえば、今回調べたなかには『木枯し紋次郎』シリーズの笹沢佐保がいるが、9冊と平岩には遠くおよばない。もっとも、ここには笹沢は単行本よりも雑誌連載で稼ぐタイプの作家だったこと(このあたりについては校條剛『ザ・流行作家』講談社にくわしい)が大きく関係しているようにも思われる。
■小説が入手しにくい小説家たち
文庫化作品は多いものの、その大半を占めるのは小説ではなくエッセイやノンフィクションという作家もいる。このなかでいえば開高健と五木寛之が該当する。いずれも小説によって文壇に地位を築いた作家ではあるが、いま流通する文庫だけ見れば、五木は“人生論を説くエッセイスト”、開高は“ノンフィクション作家”として一般読者には受け入れられているようだ。