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終戦の日に問う

高市早苗が「戦争をしたがっている」ことを証明するトンデモ発言集!「国家には戦争する基本権」「戦闘員には最後まで戦ってもらう」

高市の歴史修正主義のインチキと「過去のことは反省する必要がない」という思想の危険性

田原氏への反論の中で、高市氏は性懲りもなく、満州事変以後の日本の戦争は侵略や植民地化ではなく自存自衛の戦争だった、と主張していた。しかし、その根拠としてまずあげたのが「当時、国際社会において現代的意味での『侵略』の概念は無かったし、国際法も現在とは異なっていた」というもの。

そして、植民地化についても、田原氏が持ち出したワシントン会議後の九カ国条約に禁止する条項はなく、当時の国際社会では植民地が認められていたかのような論理を展開した。

だが、当時は侵略という概念がなかったなんていうのは真っ赤な嘘だ。第一次大戦の直後に設立された国際連盟の規約第10条には「外部からの侵略に対して、加盟国の領土保全及び現在の政治的独立を尊重し、かつ保持すること」と、侵略を否定する一文が盛り込まれていたし、ほかにも、前述のパリ不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)が「国家の政策の手段としての戦争を放棄する」と定めていた。

植民地化についてもそうだ。たしかに、当時も欧米列強による植民地支配は続いていたが、第1次大戦後にアメリカのウィルソン大統領が打ち出した「14カ条の平和原則」、そしてパリ講和会議とヴェルサイユ条約において、「植民地問題の公正な措置」「民族自決」などが示され、勝った国が負けた国の領土を獲得する従来の領土拡大が否定された。つまり、新たな植民地は禁止される国際ルールが作られていたのだ。

 田原氏の持ち出した九カ国条約には、たしかに植民地全般を禁止する条項はなかったが、もっと具体的に、「中国の主権・独立、および領土的・行政的保全の尊重」が明記されていた。そして、当時、日本もこれらの条約にすべて同意し、調印していた。

 にもかかわらず、関東軍が自作自演の柳条湖事件を起こし、それを口実に、中国の軍事占領を開始したのだ。これは明らかに禁止されていた侵略行為、新たな植民地化であり、実際、国際連盟が設置したリットン調査団も、「計画的」で「自衛の範囲をはるかに超えていた」と判断していた。

ところが、高市氏は中高生でも知っているようなこうした歴史的事実を一切ネグり、逆に一部の政治家の発言や条約交渉時の枝葉末節のエピソードなどから自分たちの主張に都合の良い部分だけを切り取り、「当時は侵略も植民地化も禁止されていなかった」「日本の中国に対する軍事行動は自存自衛のためで、侵略ではない」と言い張ったのである。

 ネットで陰謀論まがいの「日本は悪くない」論を拡散させているネトウヨと大差ないレベルだが、高市氏は、その後も首相になる直前まで、このレベルの低いネトウヨテンプレの歴史修正主義を延々と主張し続けてきた。

しかも、高市氏の問題は事実を無視した歴史認識だけではない。ありえないのは、その主張が一貫して、“当時はそれが常識だったのだから、いまの価値観で裁くことはできないし、反省する必要もない”という論理につらぬかれていることだ。

30年前、バブルスーツ姿で口にしていた「私は当事者の世代でないから、反省するいわれがない」という発言もまさにそうだし、田原氏への反論でも、さらには冒頭で紹介した日独友好決議に反対した際も同様の論理を繰り返してきた。

私は常に「歴史的事象が起きた時点で、政府が何を大義とし、国民がどう理解していたか」で判断することとしており、現代の常識や法律で過去を裁かないようにしている(『諸君!』2002年11月号)

この人は歴史というものを本当にわかっているのだろうか。過去に過ちや蛮行、間違った政治決断を犯しても、それが当時の常識であり、国家の決断だから、裁くことも反省することもしてはならないというなら、社会や政治を改善し進歩させることなどできなくなるではないか。

 しかも、高市氏は一般国民ではなく政治家なのだ。国民の生活や生命を預かる立場の人間が、過去の誤った政治判断を反省する必要がないというのは、自分がいまやろうとしている政治が後世にどんな悲惨な結果を招いたとしても、なんの責任も持たないと言っているに等しいだろう。

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