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安保法制成立で自衛隊が始める準備とは? すでに棺桶と遺体処理班を用意! 市ヶ谷駐屯地内に墓地建設計画も

〈イラク派遣部隊の宿営地に積まれたコンテナの中には、一切開けられることのなかったコンテナがひとつだけあった。そこに棺桶が入っていたことを知っていたのは、各群長と幕僚数名だった。派遣経験のある高級幹部は私にこう告げた。
「隊員たちの士気が下がるから、特にその存在を知らせる必要はないのは当然だろう。だが、一方で、もしものときに備えておく必要もあった」〉

 もしもの時、戦死さえも想定して棺桶を用意していた。これは確かに「自衛隊のリアル」である。

 安全な日本の地で政治家たちが何を言おうと、現場は戦場という現実に直面する。自衛隊内では既にカンボジアPKOの際から、“戦死”を想定した様々な検討が行われていたという。

〈陸自は極秘裡に、死者が出た場合の遺体収容方法などの検討を開始していた。具体的には『遺体袋』の購入など。予算上、どう処理すべきかも検討された。陸自部隊が派遣されるのに、攻撃を受けないと考えるほうが非現実的だった。国会対策上、表沙汰にはできない。だが、リアリスト集団としてはやらざるをえなかった〉

 その後のイラク派兵では前述のように秘密裏に棺桶が用意されたが、それだけではなかった。戦死を想定した詳細なまでの具体的“手順”までもが検討されていたのだ。

〈現場から中継地、そして帰国までに遺体を後方の安全な場所に運搬する方法。羽田空港での出迎え態勢。その参加者リスト。首相は無理か。だが最低でも、官房長の出迎えは欲しい。「国葬級」の葬儀が可能かどうか。場所は東京・九段の武道館でいいのかどうか。開いている日程は絶えず掌握された。(略)そして医官・衛生隊員は順次、「エンバーミング」と呼ばれる遺体保存・修復の技術を関西の葬儀社で研修させた。傷んだままの遺体では、帰国させられるはずもなかった。部内ではそれらのことを「R検討」と呼んでいた〉

 復興のための派遣という名目だったイラク派遣ですらこういう準備が必要だったのだ。おそらくこうした戦死を想定した準備はもっと具体的に大々的なものになっていくだろう。

 そのひとつと思われるのが、戦死した自衛隊員の墓地計画だ。あまり知られていないが東京・市ヶ谷の防衛省敷地内にメモリアルゾーン「自衛隊殉職者慰霊碑」がある。そこには青色の端末機があり、1851人の殉職者のデータを見られるというが、10年ほど前そこを“アーリントン国立墓地のような場所にする”との計画が防衛省内で持ち上がったというのだ。

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