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ザハの新国立競技場は女性の「アソコ」? 同じデザインが繰り返される現代建築の病

 女性器に似ているからダメだといっているわけではないことがわかっていただけただろうか。その土地の環境や条件、予算について考慮すること無く、過去に受けたデザインラインを手癖で自己模倣したものを提出するだけのような建築家が芸術的でありスター建築家としてもてはやされている建築界に問題があるのだ。

 しかし「そうはいっても、建築家も芸術性より利便性や費用対効果を考えて設計するものではないのか?」と普通は考えるだろう。ところが建築家の思考は常人とは違うらしい。

 建築家が建築を通してやりたいことは何か……それは己の芸術性を評価されることだ。その絶対目標の前では予算や使い手の利便性は無視される。例えば《せんだいメディアテーク》を見てみよう。この建築は仙台市民図書館やギャラリー、イベントスペースなどからなる複合施設だが、建築家・伊東豊雄の代表作品でもある。

 この建築の特徴はランダムに配置された13本の巨大なチューブがうねりながら全体を貫いていることと七層の鉄板、ダブルスキンのガラス壁だ。チューブが全体を支える構造の働きをしており、梁はない。ランダムに配置されたチューブは空間の不均質さを作り出そうという目的で作られている。だが、図書館に空間の不均質さが必要だろうか? 使う上で不便なだけではないのか?

 特殊な構造は使う上で不便なだけでなくコストアップにもつながっている。ガラスは火に弱い素材なので、緊急時の避難階段にはガラスは使用されない。ところがせんだいメディアテークでは避難階段の防火壁としてガラスが使用されている。これはパイロストップという特殊なガラスであり、この施設を建てるにあたって何度も実験が行われた特別製のものである。

 特殊に歪んだチューブを囲むためのガラスもすべてそれぞれ形が違うガラスを用意しなければならない。当然材料費も格段に跳ね上がるし、工芸品のように溶接を繰り返しながら作っていかなければならなかったので人件費も高くつく。すべて特殊な構造のためのコストアップだが、この構造が実際に使う人達の利便性に貢献することはまったくない。すべて伊東豊雄がいちばんやりたかった「空間の流動性」という芸術性のためにかけられたコストである。

 日本建築学会賞など権威のある賞を獲得している若手建築家の石上純也は、建築の安全性を積極的に損なうような建築の数々を発表している。2010年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出品した「空気のような建築」は直径0.02mmのアラミド繊維と直径0.9mmのカーボンファイバーで作られた建築模型だ。そんな細い建築が成り立つのかと心配になるが、案の定数時間で崩壊してしまった。

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