さらに自主避難をめぐる孤立は、海外でも起こる。千鶴の妹で事故後すぐにイギリスへ渡ったエリナは、イギリスでの避難生活をこう述べる。
〈とりあえず逃げておいて損はないだろう。そういう、普通の感覚で避難したにも拘わらず、事故から二年経った今、私は駐在の人たちに変人扱いされ、イギリス人にも奇異な目で見られ、時々年配の人には家族は一緒にいるべきよと諭されたりもする。放射能について話せば話すほど人に引かれ、引かれている内に段々私も放射能について話せなくなり、話せなくなるのに比例して考えなくなっていった〉
〈それぞれの家庭に、それぞれの原発事故がある。それぞれの家庭に、放射能被害がある〉──小説は原発事故や自主避難者だけをクローズアップしたものではないが、それでもいま、自主避難者に向けられる視線がどんなものであるかを考えさせられる作品であることはたしかだ。
原発事故からもうすぐ4年。国も電力会社も事故などなかったように再稼働へ舵を切っているが、ひとたび事故が起これば、人を土地から引き離し、人間関係をも切り裂くことを、忘れてはいけない。そして、無関心は罪である、ということも。
(田岡 尼)
最終更新:2017.12.13 09:24