これらの発言を振り返るだけでも、高市早苗という政治家が「国民を守るための現実的な手段」として戦争や軍備を考えているわけでないことは明らかだ。むしろ、その言動の背景にちらつくのは、国家の威信のためなら侵略や無謀な戦争もいとわず、兵士や国民の命を国家に捧げさせるという、戦前戦中の日本の価値観と同一のものといっていい。
実際、高市首相は若い頃から日本が起こした戦争を擁護することに異常な執着を見せてきた。
その皮切りともいえるのが、最近、SNSなどでも動画が掘り起こされている「反省なんかしておりません」発言だ。
動画には、1995年3月、バブルの残り香がぷんぷん漂う派手なスーツに身を包んだ高市氏が国会質問に立ち、当時の駐米大使が「日本国民全体の反省があるから、戦後の平和憲法への支持がある」と発言したことについて、こう言い放つシーンが映っている。
「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」
当事者でないから反省するいわれはないとは、政治家とは思えない軽薄さ丸出しの発言だが、高市氏はこのころ、急速に歴史修正主義的思想を身にまとい、日本の戦争犯罪を躍起になって否定するようになる。
従軍慰安婦や南京虐殺に疑義を呈し、「植民地支配と侵略」を認めた戦後50周年の村山談話にかみつき、先の戦争が「侵略戦争などではなく、自存自衛のための戦争」だとくり返
し始めたのだ。
しかし、その中身は右翼テンプレのスカスカなものだった。そのことを露呈したのが、ジャーナリストの田原総一朗氏とのトラブルだ。
2002年8月、『サンデープロジェクト』(テレビ朝日)の靖国神社問題を扱った回に出演した高市氏が、「満州事変以後の戦争」についての認識を問われ、「自存自衛だと考えている」と持論を述べたところ、田原氏が「冗談じゃない。満州事変なんて日本の軍隊がね、関東軍が仕掛けてやったんだよ、あれは。でっち上げて。あれは明らかに侵略戦争ですよ」と一喝。
これに対して、高市氏が「当時の国際社会では、植民地政策っていうのが当たり前に行われてて」などと反論になっていない反論を口にすると、田原氏が激怒し、こうまくしたてたのである。
「全然違う!いいか?ワシントン条約(編集部註:田原氏の言い間違いで、実際はワシントン会議で締結された九カ国条約)で“新たな植民地は作らない”と、“中国に対して門戸開放で攻めて行かない”と、決めたじゃないか。日本もそれに調印してるじゃないか? まったくのこれ、違反だよ。あんなものをね“自存自衛”って、無知だよ。そんな無知が国会議員をやってるのはおかしい」
「幼稚極まりない(略)こういう幼稚な人が下品な言葉で、靖国、靖国って言うから」
もっとも、このやりとり自体は田原氏が一方的に罵倒したこと、そして途中から高市氏がほとんど何も喋れなくなり、最後は涙ぐんでしまったことから、田原氏に対して「若い女性議員いじめ」という批判が殺到。右翼団体がテレビ朝日に番組と田原の出演中止を求める街宣をかける事態となった。
ちなみに、当時、この右翼団体代表が街宣を行った理由について、「週刊新潮」(新潮社)にこう明かしている。
「高市さんにも番組後すぐに個人名で手紙を書きました。すると返信を頂いたのです。その中には番組後、田原氏は『高市さん個人を下品と言ったつもりはない。靖国神社を参拝する人の中には、右翼のような下品な人がいるということを言いたかった』と釈明したことが書かれてあったのです」
田原氏がいくら威圧的だったとしても、れっきとした政治家がテレビの討論番組でやり込められた腹いせに右翼団体に泣きつくのはどうかと思うが、それよりも呆れたのは、このあと。自分のブログや月刊誌(「諸君!」2002年11月号/文藝春秋)などで展開した、田原氏への反論の内容だった。