さらに恐ろしいのは、菅首相が“地獄耳”の監視体制を築き上げている点だ。
菅首相は『政治家の覚悟』のなかで、くだんのNHK担当課長が否定的なことを口にしていると〈知人の論説委員〉から耳にしていたことを自ら明かしており、プチ鹿島も書評で〈菅氏は新聞社のエライ人まで味方につけ、「情報網」を張って自分への批判を耳に入れていたことになる。怖い〉と書いているのだが、そうしてキャッチした情報を盾にした更迭劇はほかにもある。
それは2017年6月におこなわれた、韓国・釜山の森本康敬総領事に対する任期途中の電撃更迭だ。2016年12月に慰安婦問題を象徴する少女像が釜山日本総領事館前に設置されたことに対し、安倍政権は報復措置として森本氏と長嶺安政・駐韓大使を2017年1月から約3カ月間帰国させた。電撃更迭は、森本氏がこの政権の対応について不満を持ち、官邸を批判したことが原因だったのだが、恐ろしいのはこの森本氏の批判が公の場でなされたのではなく、知人との会食というプライベートの席で出たものにすぎなかったことのだ。
つまり、官邸は森本氏の「私的な会食」での発言をなんらかの方法で掴んでいたというわけだが、このとき官邸は森本氏の発言を密告させたか、あるいは監視・盗聴の類をおこなっていたことは間違いない。そして、こうした「官僚の監視」は、官房長官だった菅氏が、側近である警察官僚出身の杉田和博官房副長官を使い、指揮させてきたと見られているのだ。
実際、それを裏付けるような事実もある。前川喜平・元文科事務次官に対する監視・謀略攻撃がそれだ。2017年5月、加計問題を告発しようとしていた前川氏は、読売新聞に“出会い系バー通い”という謀略記事を書かれたが、これは官邸からのリークによるものだった。この報道の前年秋に事務次官在職中の前川氏はこの件で厳重注意を受けていたが、当時、前川氏を呼び出し注意したのは杉田官房副長官だった。
本サイトでは何度も指摘してきたが、安倍・菅官邸では公安出身の杉田官房副長官と北村滋・国家安全保障局長(2019年9月まで内閣情報官)という公安出身の警察官僚が重用され、安倍政権批判へのカウンター情報や、政権と敵対する野党や官僚、メディア関係者のスキャンダルを集取して流してきた。
なかでも、官僚やマスコミの監視は北村氏が率いる内閣情報調査室ではなく、杉田官房副長官のラインが公安警察を使って行ってきたのだが、その杉田官房副長官を動かしていたのが、菅首相だった。
「杉田氏は警察庁警備局長を務めた元エリート警察官僚で、“公安のドン”ともいわれています。退官後は、世界政経調査会というGHQ占領下の特務機関を前身とする調査団体の会長を務めていたが、第二次安倍内閣で官房副長官に抜てきされました。ただ、パートナーも棲み分けされていて、情報官だった北村NSC局長が安倍前首相に直接、報告をあげていることが多かったのに対して、杉田氏はもっぱら菅官房長官の命を受けて動き、その内容を逐一、菅官房長官にあげていた。森本元総領事や前川元文科次官の調査も当然、菅首相の意向にもとづいたものだと考えられる」(官邸担当記者)