では、今回、自民党がやろうとしている「緊急事態対応」改憲とはどんなものなのか。
自民党が昨年3月に提示した4項目の「条文イメージ」(たたき台素案)では、国民の抵抗を抑えるために改憲草案から条文をソフト化。緊急事態条項を新設するのではなく、「憲法73条」ならびに「憲法64条」に付け加える案に変更している。以下がその「条文イメージ」だ。
《第七十三条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。》
《第六十四条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。》
ぱっと見だと、2012年の憲法改正草案にあった総理への権限の集中や国民の権利制限といった独裁を可能にする条文が消えており、「これなら問題ないのでは」と思う人もいるかもしれない。
しかし、番組にゲストとして登場した憲法学者の木村草太氏は、この自民党による「条文イメージ」について、こう指摘したのだ。
「いまの法律でも、現在の憲法73条に基づいて、たとえば災害対策基本法で、災害時の物価の統制とか物流の統制について政令を定めてもいいですよ、もし本当に時間が無い場合には、というような条文がすでにあったりします。なので、この条文、正直いまの政令の制度と何が違うのか、よくわからないところがあります」
大地震や大規模災害の際の対応は、すでに災害対策基本法などに規定があるのに、なぜ憲法を改正する必要があるのか──。そもそも、2015年に日本弁護士連合会が東日本大震災の被災3県の市町村におこなったアンケートでは、「災害対策、災害対応について、憲法は障害になりましたか」という質問に「憲法が障害にならなかった」と回答したのは23自治体96%にものぼり、対して「障害になった」と回答したのはわずか1自治体4%にすぎなかった。また、2016年3月15日付けの東京新聞記事では、菅原茂・気仙沼市長は災害発生によって道路を塞いだ車両撤去などが災害対策基本法の改正によって可能になった点を挙げた上で、「緊急事態条項があれば、人の命が救えたのか。災害対策基本法の中にある災害緊急事態条項で十分だ」と発言。奥山恵美子・仙台市長(当時)も「自治体の権限強化が大事だ」、戸羽太・陸前高田市長は「震災時は、国に権力を集中しても何にもならない」とまで述べている。
64条にしても同様だ。衆院が解散していても緊急時には内閣は参院の緊急集会を求めることができ、緊急集会が国会の代わりを果たすことができる。このことにより予算や法律の対応も可能になるのだからわざわざ憲法改正する必要はないはずなのだ。
また、木村氏は、64条の2への文言追加についても、このように疑義を呈した。
「この条文(64条の2)、ちょっと問題なのは、自分で自分の任期を決められるって書いてありますよね。これは非常に問題があって、たとえば取締役が自分の任期を自分で決められますとか、あるいは大学の学部長が自分の任期を自分で決められますっていうのは、それはおかしいでしょうって普通はなるわけでして、今回の場合のような条文をつくるのであれば、たとえば憲法裁判所や最高裁が、延長した任期が妥当な範囲で収まっているかということを管理・監督するというような条文が入っていないと、やっぱりどんどん不要に延ばしていっちゃう危険があるということで、ここはもう少し考えなければいけないことが残っていますよね」