あまりにむごい物語だが、さらに恐ろしいのは、これがまったくのフィクションなどではないということだ。水木は〈この「総員玉砕せよ!!」という物語は、九十パーセントは事実です〉(『水木しげる漫画大全集067』あとがき)と告白している。
実際には、生き残った者たちはミャンマー守備隊に配属され、再びの玉砕攻撃はなかった。そのあたりは史実と異なるのだが、この配置は戦闘が起きた際、生き残りの者たちが率先して突撃して戦死することを期待したものであり、少しでも戦況が違っていれば『総員玉砕せよ!!』の物語通りになっていた可能性が高い。
水木本人は、マラリアと左腕のケガのため玉砕命令が出る前に部隊から離れていたので戦死を免れているが、彼自身も中隊長から「次は真っ先に死ね」と言われている。『総員玉砕せよ!!』が〈九十パーセントは事実です〉と語られている理由はそういった面にある。
『総員玉砕せよ!!』は基本的に全編、水木しげるの名を聞いて誰もが思い浮かべるであろう可愛らしいあのタッチで描かれているのだが、クライマックスに近付くと、進撃するアメリカ軍や、無惨に打ち捨てられた兵士の死体だけがリアルなタッチの劇画調で挿入されるように構成されている。
絵のタッチがいきなり変わるこのギャップは、「戦争の恐ろしさ」や「戦争のむごさ」といったものを読者に対して強烈に訴えかける。水木は2006年8月16日付毎日新聞大阪朝刊で「『総員玉砕せよ!』を描いたのは、戦争を体験した漫画家として、残さなければならない仕事だと思ったからだ。心ならずも亡くなった人たちの無念。敗戦は滅亡だった。食に困らず、豊かさを味わえる現代は天国のようだ。戦争をすべきでない」と語っているが、作品を読むと、それだけの強い情念を込めた鬼気迫る作品であることは、十二分に伝わってくる。
のんは解説文で〈「戦争って怖いな」ではなくて、初めて「戦争は、本当にダメだ」「戦争って、とんでもないことなんだ」と心の底から思いました〉と書いていたが、彼女の心がそれだけ揺さぶられたのは『総員玉砕せよ!!』に込められた水木の猛烈な怒りが伝わったからだろう。
これを機会に、ひとりでも多くの読者に、水木が放つ戦争への怒りと平和への思いが伝わればと思う。
(編集部)
最終更新:2018.10.18 03:28