それはいまから17年前、当時、内閣官房副長官だった安倍氏が、放送前のNHKのドキュメンタリー番組に政治的圧力をかけて介入、放送内容を改ざんさせた問題。俗にいう「NHK番組改変問題」である。
問題の番組は、2001年1月30日に放送された「ETV2001」の全4回シリーズ『戦争をどう裁くか』の第2回『問われる戦時性暴力』。この番組では、日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷を取り上げており、慰安婦にされた被害女性や加害兵士の証言をはじめ、研究者や専門家らのコメントが紹介される予定だった。
しかし、同番組をめぐっては、放送3日前の27日の時点から右翼が放送の中止を求めてNHKに抗議をおこない、すでに日本会議のメンバーが国会議員に番組の情報を伝えるなどの動きを見せていた。だが、後述する同番組の統括プロデューサーだった永田浩三氏によれば、〈たとえ政治家がいろいろ言ってきたとしても、それに屈するという気配は、少なくとも二七日の時点ではありませんでした〉(永田氏著書『NHKと政治権力』岩波書店より)と振り返っている。
大きく事態が動いたのは、放送前日の29日夕方だった。この日、国会議員のもとに出向いていたNHK放送総局長と国会議員対策の総責任者である総合企画室担当局長が戻るなり、番組の劇的な改変をスタッフに言い渡すのである。結果、現場のスタッフは上司に逆らえず、番組は改ざんを余儀なくされ、原形を留めないほどに内容は歪められてしまったのだ。
そして、このとき番組に圧力をかけた国会議員というのが、当時の官房副長官だった安倍晋三・自民党幹事長代理と中川昭一経産相であったことを、番組放送から約4年後の2005年1月12日、朝日新聞がスクープとして朝刊一面で大きく報じたのだ。
さらに、朝日のスクープの翌日には、問題の番組の担当デスクで、当時、NHKの現役チーフプロデューサーだった長井暁氏が異例の記者会見を開き、涙を浮かべながら「4年間、悩んできたが、事実を述べる義務があると決断した」と語り、放送総局長らが安倍・中川議員に呼び出されたと認識していること、「政治介入が恒常化している」ことを告発した。
しかも、朝日は安倍らが圧力をかけたことを裏付ける証言をNHK放送総局長から得ていた。圧力をかけられた放送総局長自身が安倍・中川両氏との面会時のようすを仔細に語っており、その録音テープも残されていた。
このテープは後にジャーナリストの魚住昭氏が「月刊現代」(講談社)で明らかにしているのだが、そこには、放送総局長が安倍について語ったこんなセリフが出てくる。
「(安倍)先生はなかなか頭がいい。抽象的な言い方で人を攻めてきて、いやな奴だなあと思った要素があった。ストレートに言わない要素が一方であった。「勘ぐれ、お前」みたいな言い方をした部分もある」
「勘ぐれ、お前」──。安倍がNHK放送総局長に語ったというこの言葉は、まさに「忖度」を促す言葉ではないか。