「国策落語」とは、戦時下に落語界が「戦意高揚」のためにつくった新作落語群のこと。その内容は、軍隊賛美や貯蓄、債券購入、献金奨励などを入れ込んだ、まるでプロパガンダのようなもので、とても「笑い」に昇華されたものではなかった。本サイトでは以前にも、桂歌丸による「つまんなかったでしょうね」「お国のためになるような話ばっかりしなきゃなんないでしょ。落語だか修身だかわかんなくなっちゃう」というコメントとともに、「国策落語」について紹介した記事を配信している(リンク)。
しかし、わざわざ「国策落語」と銘打っていることからもあきらかにように、二代目林家三平は国策落語を上演することで、当時の戦意称揚という目的を再現しようとしているわけではない。その逆だ。戦争礼賛というイデオロギーが無理やり注入された落語のつまらなさ、リアリティのなさをそのまま現代に蘇らせることで、「戦争」の本質を考えようとしているのだ。
たとえば、三平が板に乗せているのは祖父・七代目林家正蔵がつくった国策落語「出征祝」。ケチで有名な大商店の若旦那に召集令状が届いたときの話だが、その中身は到底、「落語」とは思えないものだ。
お祝いのためお頭付きの鯛が出てくると思ったら、イワシの目刺ししか出てこなかったことで、一悶着起きるのだが、いつのまにか、ケチがいかにお国に貢献できるかという“感動話”に。帰ってきた若旦那の父親も息子の出征を「私も日本男児だ。天子さまの子だ。私の倅がお国のために役に立つってんだったら、私は喜んで倅を差し出しますよ」と手放しで喜んだ上、「けちん坊が役に立って国防献金ができる」などというセリフまで口にする。
そして、「一升瓶を二本買ってきた。こら、若旦那さま、縁起がいいな」「若旦那、縁起がいい?」「あぁ、そうだ。一升瓶を二本だろう。二本買った。日本勝った」というサゲで締められるものだ。
この「出征祝」について、林家三平は2016年3月1日の「BuzzFeed Japan News」で「どんな古典落語より難しいですね」と語ったうえで、通常の古典落語との違いをこのように説明している。
「落語ってケチなら笑えるくらいケチだし、登場人物が基本的に失敗するんですよね。そこに人間の業だとか、生きていく上で大事な教えが詰まっている。でも、この話は落語的な価値観で描かれる登場人物が出てくるんだけど、ケチは美徳として描かれる。いびつな構成になっています」
また、三平は同じく「BuzzFeed Japan News」で、2015年の安保法制国会前デモにも触れながら、国策落語をあえて復活させた動機をこう語っている。
「そのなかで、経験談を語り継ぐだけでいいのでしょうか。体験していない人が語っても力は弱くなります。ならば、思いっきり戦争を賛美する落語という真逆のアプローチで、逆に戦争というものを考えるフィールドを作れるのではと思ったのです」
「先の戦争をどう考えるのか。若旦那は18歳から20歳だと思って、演じています。今なら選挙権を持つ世代ですよね。そんな若旦那が遺言を残した時代です。国のために戦争に行くのは嫌でも、家や会社、周囲の人が『非国民』と言われるのが嫌で行ったかもしれない。戦争に負けたという事実をどう捉えますか。いまの時代は平和でものも自由に言える。これからの社会を考えたいと思う人たちの前で、国策落語はまだまだやってみたいと思っています」