言っておくが「時間を無駄」にしているのは安倍首相をはじめとする安倍政権の閣僚たちだ。特定秘密保護法や安保法制、自衛隊南スーダン派遣、そして森友・加計問題にいたるまで、重要議題において野党からの質問にまともに答えず、ただただ時間を浪費するだけ。それは共謀罪法案審議中の金田勝年法相(当時)や、森友・加計問題での安倍首相の答弁を見れば一目瞭然だ。そもそも、野党からの質問の回答になっていないのである。
そして、何より「時間の無駄」なのは、与党の質問だ。それを象徴するのが、与党が昨年12月にたった5時間30分ほどの審議で強行採決させたカジノ法案での、自民党議員の質問だ。
カジノ法案が審議入りした日、衆院内閣委員会において質問に立った自民党の谷川弥一議員は、約40分の持ち時間のうち28分が経過したあたりから「一応、質問は終わったんですが、余りにも時間が余っているので」「全部時間を使おうとは思っていませんが」と述べたあと、「般若心経というのがあるんです」と切り出し、おもむろに般若心経を唱えたのだ。
さらに、谷川議員はなぜか夏目漱石の話をはじめ、「私はきちがいみたいに夏目漱石が好きなんですよ。全巻12回ぐらい読みました」などと差別語をまじえながら自分語り。最後には「時間が余りましたが、終わります」と締めた。
ようするに、質問時間を与党7割、野党3割などにすれば、こういった茶番が延々繰り広げられることになる。これこそが時間と税金の無駄ではないか。
しかも、恐ろしいのは、この国会での質問削減は国会の機能停止にとどまらないことだ。安倍政権はこれまで、メディアに徹底した圧力をかけることで政権批判を封じ込めてきた。そして、もしも野党の質疑時間を削り、国会を与党の独壇場にしてしまえば、今度は根本から議論がシャットアウトされてしまう。法案はさらに通し放題となっていく上、かろうじて「国会審議の内容」として報じられてきた法案の問題点や不正に対する疑惑の追及も、メディアは取り上げづらくなっていくだろう。
イギリスの思想家・ウォルター・バジョットは著書『イギリス憲政論』のなかでこのような趣旨のことを書いていた。
イギリスは政治の批判を政治そのものにするとともに、政治体制の一部にした最初の国家である。このような批判の役割を担う野党の存在は、議院内閣制の所産である。その存在によって、国会は偉大な討論の場となり、民衆教育および政治論争の一大機関となる。
多くの議院内閣制の国で野党を優遇しているのは、野党を利するという意味ではなく、野党がはたらけることこそが、国民の利益にかなうからだ。対案を出す必要もなく、野党が、与党に反対し、批判し、攻撃すること。それこそが、議会であり、民主主義の成立と考えられているからだ。
安倍政権や安倍応援団の垂れ流す“これこそが民主主義だ”という嘘に騙されてはならない。質疑時間問題は、安倍独裁の本格的なはじまりの第一歩である。これがいかに危険なものであるか、メディアはもっと大々的に検証・報道すべきだ。
(編集部)
最終更新:2017.10.31 02:09