そもそも、詩織さんと山口氏を乗せたタクシーの運転手は、詩織さんが何度も「駅の近くで降ろしてください」「駅に行ってください」と言っていたこと、対する山口氏が「ホテルに行ってくれ」「何もしないから」と言っていたこと、そして、最終的に詩織さんは動かなくなり、山口氏が「体ごと抱え」(「週刊新潮」)、「引きずり出すように」(詩織さんの取材)タクシーから詩織さんを降ろしたと証言している。つまり、意識が朦朧とした状態の詩織さんが帰宅を懇願していたにもかかわらず、山口氏の判断でホテルに連れ込んだのは客観的事実なのである。
しかもこの手記には、決定的なごまかしがある。
それは、ホテルにおける自身と詩織さんの行動についてだ。山口氏の主張を要約するとこうなる。部屋のなかで嘔吐した詩織さんはトイレに駆け込んだ。トイレのなかから嘔吐する音が聞こえた。山口氏がトイレに入り吐瀉物を拭うと、詩織さんは〈なんとか自ら起き上が〉り、吐瀉物のついたブラウスを脱いで、〈部屋に戻るとベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった〉。以下、重要な箇所なので引用する。
〈部屋はツインで、シングルベッドが二つありました。前日まで私が寝ていたベッドはあなたに占領され、もうひとつのベッドは、ベッドメイキングを壊さないままパッキング前の衣類などを並べていました。私が全ての仕事を終えても、あなたは相変わらずいびきを書いて眠りこけていたので、私は荷物置き場にしていたベッドの、わずかに空いたスペースに身を横たえました。
部屋に入ってどのくらい時間が経ったのか。
私がまどろんでいると、あなたが突然起き出して、トイレに行きました。ほどなくトイレが流れる音がして、下着姿のあなたが戻ってきました。(中略)
そして、ペットボトルの水を何度かごくごくと飲んだあなたは、私が横たわっているベッドに近寄ってきて、ペットボトルをベッドサイドのテーブルに置くと、急に床に跪いて、部屋中に吐き散らかしたことについて謝り始めました。面食らった私は、ひとまずいままでにあなたが寝ていたベッドに戻るよう促しました。
ここから先、何が起きたかは、敢えて触れないこととします。あなたの行動や態度を詳述することは、あなたを傷つけることになるからです〉
これほどおかしな「反論」はないだろう。そもそもレイプ被害をめぐっては、一般論として、当事者間に「合意」があったかどうかがしばしば争点となる。しかし見ての通り、山口氏の手記は、その重要な点を、詩織さんを慮るフリをして完全にネグっているのである。