しかし残念ながら、この「オリンピックなんだから国民全員が一丸となって協力するべき」という考えは、椎名に限ったことではない。「オリンピックのために」という空気はいま日本全体に蔓延している。
「オリンピックのために」自己犠牲と滅私奉公を強い、対価はまともに払わない、「無償」で協力しろという動きまで、出ている。
7月25日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、選手村内の施設を作るための木材を、「無償」で提供する自治体を全国から公募する旨を明らかにした。組織委員会は「木材を全国から募ることで大会機運の醸成につなげ、コスト削減と大会の記憶が残る取り組みにしていきたい」と説明しているが、潤沢な予算が投じられているはずなのに、なぜ「無償」で木材をかき集めようとするのか。そして、なぜそれが「大会機運の醸成」につながるのか。一般的な感覚では理解に苦しむ。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会がタダで何かをしようとするのは今回に限ったことではない。昨年7月に組織委員会は大会ボランティアの参加要件案を発表したが、その内容が、外国語の使用能力はもちろん、「1日8時間、10日間以上できる」「採用面接や3段階の研修を受けられる」「競技の知識があるか、観戦経験がある」といったハードルの高いもので、これが発表されるやいなや「ボランティアの枠を逸脱しており、有償業務の域」であるという声が多数あがった。
これには有識者からも否定的な意見が多くあがり、京都大学の西山教行教授は昨年7月21日付東京新聞でこのように指摘している。
〈街角での道案内ならさておき、五輪の管理運営業務に関わる翻訳や通訳をボランティアでまかなうことは、組織委員会が高度な外国語能力をまったく重視していないことの表れである。
業務に使用できる外国語能力を獲得するには、数年におよぶ地道な努力や専門的知識の獲得が必要であり、短期間に習得できるようなものではない。さらに、通訳はボランティアが妥当との見解は外国語学習への無理解を示すばかりか、通訳や翻訳業の否定にも結びつきかねない〉
また、『電通と原発報道』などの著作で知られる作家の本間龍もこのようにツイート。怒りを滲ませた。
〈いま外国語を学んでいる学生諸君へ。これから東京オリンピック通訳ボランティアの勧誘が始まりますが、絶対に応じてはいけません。なぜなら、JOCには莫大なカネがあるのにそれを使わず、皆さんの貴重な時間・知識・体力をタダで使い倒そうとしているからです。「感動詐欺」にくれぐれもご注意を。〉
〈東京オリンピック無償ボランティアは断固拒否しましょう。そもそもボランティアが無償という決まりはありません。みんなが拒否すれば、困ったJOCと電通は仕方なく有償ボランティア募集に切り替えます。財源は42社のスポンサーから集めた4000億円をあてれば良いだけの話です。〉
ボランティアを強いる側は、「人生で二度とできない体験ができる」などと強弁するのかもしれないが、そういったものを「やりがい搾取」と呼ぶのは言うまでもない。