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百田尚樹が中国憎しで「漢文の授業を廃止せよ」とバカ丸出し! 右派の大好きな教育勅語も明治憲法も漢文なんですけど…

 ようするに、百田は「中国を偉大な国と勘違いさせる漢文は廃止にせよ!」とがなり立てるが、実のところ右派が奮って賞賛する明治憲法も教育勅語も十七条憲法も日本書紀も、漢文がなくてはそもそも成立しえなかったのである。とりわけ、百田や日本会議は明治憲法を礼賛する一方で、日本国憲法を「押し付け」として批判し、無効論すら唱えているが、漢文を排除すべしとの立場であるならば、むしろ口語文の日本国憲法のほうを褒め称えるべきであって、漢文の匂いが濃い明治憲法は唾棄すべきとなってしまう。無論、あまりにもバカらしい話だ。

 もちろん、こんな倒錯が起きるのは、百田の主張全体が極めてバカげているからに他ならない。そもそも「文化」なるものは、他者との交流によって影響を与え合い変化し、ときとともに醸成されていくものだ。「自国の文化」と「他国の文化」と明確に切り分けられるようなものではない。中国文化と現代中国政治を混同し、後者への敵意から中国文化排斥に向かう百田の思考は完全にネトウヨレベルだが、それほどこの作家センセイの文化認識の浅薄さは驚くに値する。

 たとえば芥川龍之介は「漢文漢詩の面白味」というエッセイのなかで、こう書いている。

〈漢詩漢文を讀んで利益があるかどうか? 私は利益があると思ふ。我々のつかつてゐる日本語は、たとひ佛蘭西語に於ける関係はなくとも、可成支那語の恩を受けてゐる。これは何も我々が漢字をつかつてゐるからと云ふばかりぢやない。漢字が羅馬字になつた所が、遠い過去から積んで来た支那語流のエクスプレツシヨンは、やつばり日本語の中に残つてゐる。だから漢詩漢文を讀むという云ふ事は。過去の日本文學を鑑賞する上にも利益があるだらうし、現在の日本文學を創造する上にも利益があるだろうと思ふ。〉

 加藤徹・明治大学教授は前掲『漢文の素養』のなかでこう指摘している。

〈「漢文は、しょせんは外国語である」
「漢字は、しょせんは中国人の作った外来の文字である」
 などと主張して、漢字や漢文を排斥する日本人が、たまにいる。
 この考え方は、間違っているうえに、危険でもある。そんなことを言うのは、
「コメは、しょせんは中国大陸から伝わってきた作物だから、コメの飯を食べるのはやめよう」
 と言うに等しい。コメも味噌も醤油も大根も茶も、「日本食」の食材や料理の多くは、中国が起源である。
 そもそも外国の文物を排斥する思想は、どう言い訳しようと、外国出身の人間を差別する思想と紙一重である。〉

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