ようするに、安倍政権に刃向かえばそれは反社会的行為となり、そうした反対する者を「土人」や「沖縄特有」などと攻撃することを容認してみせることで“差別して当然の存在”と扱おうとしているのだろう。つまり、これは沖縄だけの問題ではなく、安倍政権による国民全体への“恫喝”なのだ。
「学芸員はがん」と述べた山本幸三地方創生相や、南スーダンPKO問題でトンデモ答弁を繰り返し森友学園問題でも虚偽答弁を行った稲田朋美防衛相、「自主避難者は自己責任」と言った今村雅弘復興相などが開き直りつづけているのは、無論、安倍首相がそれを認めているからだ。そして、今回の古屋選対委員長による差別的記述も、安倍首相は容認しているのである。
だが、これはたんなる放言などではない。安倍首相が古屋国体委員長の記述を容認することが意味する暴力性を、メディアはもっと強く訴えなくてはいけないのだ。
(編集部)
最終更新:2017.12.01 11:59