それは成蹊大学法学部に進んだ後も同様だった。驚くべきことだが、指導教授のもと、少人数で学ぶ「ゼミ」では「安倍くんが発言をしたのを聞いた記憶がない」(成蹊大の元教員)と言われるほどで、周囲にこれといった印象を残さず、存在すら忘れられているケースさえあったという。
それだけではない。本書では安倍首相の成蹊大学時代の恩師であり、成蹊大学長まで務めた学園の最高碩学といえる宇野重昭名誉教授が登場し、涙ながらにこう訴えているのだ。
「現行憲法は国際社会でも最も優れた平和の思想を表出しているもの、世界の中で最も優れたものを先取りした面もあるわけです。彼はそうしたことが分かっていない。憲法が何かもわかっていない気がします。もうちょっと憲法をきちんと勉強してもらいたいと思います」
晋三は幼少期、不在がちな両親に代わり、祖父である岸に溺愛されて育ったことはよく知られた話だ。父・晋太郎の秘書を務めた経験もある。ある意味、政治家として恵まれた環境の中にいたわけだが、しかし晋三は自らの政治的知性や教養を身につけようとせず、そもそも学ぼうという姿勢すらなく、ただただ“凡庸なぼっちゃま”として身近にいた祖父・岸への“憧れ”だけを抱いて成長した。父の後を継ぐ形で政治家になった後も、岸の “政治思想”を後づけのように振りかざし、しかし“昭和の妖怪”と呼ばれた岸のような教養も懐の深さもない。さらに、岸とは真逆の反戦政治家だったもう一人の祖父・寛の存在を拒否し、封印したのではないのか。
それはまるで現在の安倍首相の“都合の悪いことは無視し、なかったことにする”という姿勢に見事に通じる。
対極にあった祖父と孫。本書はこのほかにも岸と寛の意外な“邂逅”、晋太郎と在日コリアンとの関係など、安倍家三代にわたる様々なエピソードから、安倍首相の政治姿勢を問うている。いったい安倍晋三とは何者なのか──そんな疑問を覚えている方には必読の一冊だろう。
(伊勢崎馨)
最終更新:2017.11.16 04:32