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読売新聞の元北京総局長がナベツネ忖度体制の記事潰しを告発!「読売は中国共産党に似てる、日本の人民日報だ」

 それは、2012年5月16日、中国共産党の「中央政治局常務委候補リスト10人」という加藤氏のスクープが、同紙の朝刊一面を飾った日の夕方のことだった。当時の坂元隆国際部長から加藤氏の携帯に「浅海保の言葉」として以下のような内容の通達があったのだという。

「一連の加藤電について大丈夫なのかと心配する声も中国をよく知る人物から届いている」「特ダネはしばらく冷却期間を置くことにする」

 さらに、6月5日、「急だけど、すぐに帰国するように」と帰国命令が下った。坂元国際部長は加藤氏を守るためだと説明したというが、実際は、加藤氏の身に危険が及ぶというような動きはまったくなかった。そこで、加藤氏は帰国を拒否。すると、会社は加藤氏を2013年、北京総局長から上海駐在編集委員に左遷してしまう。

 しかし、加藤氏はそれでもめげなかった。2015年、加藤氏は「習近平暗殺計画があった」ことを中国共産党幹部が公式に認めていたというスクープネタをつかむ。加藤氏は複数の証言をおさえるなど、慎重に裏取りして記事に仕上げ、東京に送った。

 ところが、出稿から1週間以上も放置されたあげく、本社は掲載を拒否してきた。加藤氏の裏取りは通常の掲載の条件を十二分に満たしていたが、国際部長は「物証がなければ載せられない」の一点張りだった。

 中国で政権中枢に関する情報の物的証拠を得ようとすれば、情報源も記者も刑事罰を覚悟しなければならない。これ以上、情報源を危険に晒すわけにはいかない。そう訴えても、聞く耳を持たなかったという。ようは、絶対にクリアできないハードルを設けて記事を潰したかったのだ。

 加藤氏は「物証がなければ報道できないというのであれば、報道機関の使命を果たすことはできない」と、自分の出処進退を賭けて掲載を要求したが、返ってきた答えは、「全容を物証として把握することは必須」とにべもなかった。

 結局、加藤氏はこの特ダネを世に問うために会社を辞め、フリージャーナリストとして取材をし直し、約3カ月後に月刊「文藝春秋」で発表した。

 この『習近平暗殺計画』には、加藤氏の暗殺計画をめぐる取材の詳細はもちろん、このスクープが潰された一部始終も詳しく書かれている。

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