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石原慎太郎が『金スマ』で中居正広の質問に激怒! でも「トンチンカン」なのは石原の霊言小説『天才』の方だ

 この中居の質問に、なぜか慎太郎はムスッとし、「あなたの言うこと、よく分からねえなあ。何?」とキレ気味に吐き捨てた。そのため、中居はもう一度、「いや、当時からそういうふうに石原さんは田中さんのことを思われていたのか、この年齢になって、この時期になって思われて書かれた?」と尋ね直すのだが、それに対して慎太郎は、「元々非常に強い存在感のある人でした。私もいくつか思い出がありましてね」と話をすり替え、表情をほころばせて思い出話をはじめたのだ。

 普通に考えれば、田中角栄批判の急先鋒だった慎太郎が、なぜいまごろになって過去の敵を“天才”と称賛するにいたったか、その心境の変化を尋ねることはごく当然のこと。中居の質問は「トンチンカン」どころか、『天才』という本を語る上で避けては通れない、根幹に関わる重要な質問だろう。

 しかし、慎太郎はこれを「訳のわからないこと」と言い、激怒した。──中居が聞いたら、トンチンカンなのはそっちじゃないか、と言い返したくなったはずだ。

 実際、中居が尋ねたように、慎太郎の“変節”はまったく解せないものだ。

 振り返れば、『太陽の季節』で芥川賞を受賞し一躍有名作家の仲間入りをした慎太郎は、1968年に衆議院議員選挙に初当選。73年にはタカ派の政策集団「青嵐会」(石原派)を結成すると、慎太郎は反共を掲げ、当時総理だった角栄の日中国交正常化に反対の姿勢を示した。

 そして翌年、慎太郎は「文藝春秋」9月号に「君 国売り給うことなかれ──金権の虚妄を排す」という角栄批判の論考を発表。角栄がさまざまな政治家や候補者に大金を積み上げて懐柔したことを具体的事例をいくつも挙げて綴り、大々的に「金権」だと批判したのだ。

〈(田中総理は)すべてを聞かず、わかったわかった、と相手をさえぎり、かわりに自分の論を押しつける。押しつけるだけではなし、総理、総裁としてそれを実行に移す。彼みずからのドグマを絶対と信じ切るわけは、結局他のだれも所詮金には弱く、自分はその金に関して、他を抜きん出た天才を持つという自負にほかなるまい〉
〈十代で貧乏の中からはい上がるべく志を立て田舎から上京した少年にとって、たぶん、世に出る力、世を動かす力とは、直截に、金力と警察権力であったに違いない。その認識と自覚を、田中氏は、その才と情熱を傾けることによって体現し、その自覚と自信のうえに田中政治が成り立っている〉(「君 国売り給うことなかれ」より)

 このように、“角栄は国賊だ”と猛批判を繰り広げ、これにより慎太郎は政治家としても世間の注目を集めることとなった。その当事者が、なぜかいま、「田中角栄は天才」「角さんの先見性は素晴らしい」などと絶賛し、〈彼はよい意味でのナショナリスト、つまり愛国者だった〉(『天才』あとがきより)とまで言い出したのだ。

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