さらに別の日には、著者はこのような光景を目のあたりにする。
〈泣き止んだ子どもがまずテーブルにつかされ、食事が運ばれるのを待っていた。男の子がおしぼりを手にし、椅子に座ったが足をぶらんとテーブルに乗せてしまった。その瞬間に、力の強そうな男性保育士が「行儀が悪い!」と怒鳴りつけ、鬼の形相で、その子の手からおしぼりを奪い取り、テーブルにバシンとたたきつけた。そして、次の瞬間、その子の足を怒りに任せて強くたたいた。まだ物事のよしあしも分からない一歳の子どもを、だ〉
このような状況は、何もこの保育園だけでは決してない。公立保育所ではオムツ交換が少ないために子どものお尻がかぶれ、いくら改善を要求しても聞く耳をもってもらえなかったケースや、園庭のない認証保育所では入園して3週間も散歩に連れていってもらえなかったケース、さらには四畳半や六畳程度のスペースをとって柵を立て、子どもたちをすし詰めにして遊ばせるケース……。本書には質の低い保育の現状がいくつも書かれている。
保育園を考える親の会・普光院亜紀代表は、同書のなかで現在の保育園に対する危機感をこう述べている。
「このところ認可保育所にも、質のばらつきが目立ってきた。そもそもの面積基準や保育士配置基準も十分ではないが、待機児童が多いから基準ぎりぎりの環境で保育が行われることが増えていると感じている。施設環境にゆとりがないと、保育士の負担がふえる。そのとき保育士自身が未熟だと、子どもの自由を奪い管理する保育になりがちだ」
現状でさえこのような状態なのに、政府の緊急対策が導入されれば、さらに保育士にしわ寄せがいく。ちなみに本書でも紹介されているが、2014年3月にまとめられた「東京都保育士実態調査報告書」では、当時、保育士として働いている人のうち「保育士を辞めて別の職種で働きたい」を考えている人は16%で、これは6人に1人が「辞めたい」と考えているということになる。また、退職したいと考える理由のトップは「給料が安い」で、「仕事量が多い」「労働時間が長い」とつづいている。
待機児童の大きな問題は保育士不足にあるといわれている。激務でありながら低賃金となれば、いくら志をもっていても挫けてしまうだろう。だが、そうした問題点が再三指摘されているのに、政府が打ち出したのは「保育士給与の4%引き上げ」。これに対し、認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏は、〈保育士の給与4%増というのは、全産業平均月給よりも月額11万ほど低い約20万円/月の保育士給与を、8000円上げる、ということ。日給にすると400円。時給だと50円。これで保育士不足が解消するとは、誰がどう考えても思えません〉と指摘している。