『坂の上の雲』の映像化は危険、小生の死後もそういうことのないように――。「明治の精神」をやたら賞揚していたイメージのある司馬だが、さすがにそれを現実世界に持ち込むことの危険性は認識していたようだ。いっせいに傾斜したときの日本人は恐ろしいというのも、先の戦争を知る人間だからこその強い危機感なのかもしれない。
しかし残念ながら、司馬のこの強い決意はあっさり破られることになる。ご記憶の読者も多いと思うが、2009年NHKでドラマ化されたのだ。司馬が『坂の上の雲』映像化を拒否していることは、司馬ファンのあいだでは知られたことだったため、司馬の意志に背くドラマ化であるとして市民団体がNHKに質問状を送るなどの動きもあった。
司馬本人は1996年に亡くなっているため著作権継承者であるみどり夫人が許諾したということだろうが、みどり夫人の弟で司馬遼太郎記念館の館長を務める上村洋行氏は映像化を許諾した理由について、「NHKの熱意」「(執筆当時の昭和40年代と比べて)技術力が大きく進歩」「原作者と同じ時代の空気を共有するスタッフが手がけるということ」(『スペシャルドラマ・坂の上の雲・第1部』より)などと語っている。しかし、いずれの理由も生前の司馬が抱いていた懸念を払拭するようなものでは全くない。それどころか、技術力など司馬の懸念とは何の関係もないし、技術が進歩してより迫力ある映像となると、むしろ危険度は増すではないか。
何より、時代状況だ。前述の上村氏のインタビューによると、NHKが遺族と交渉し映像化権を取得したのは2000年前後のこと。つくる会による歴史修正運動、小林よしのり『戦争論』、小渕政権による国旗国歌法や盗聴法の成立……と現在にいたる右傾化の道を大きく踏み出した時期だ。さらにドラマが放映された09年から11年は在特会などネトウヨによる排外主義、ヘイト活動が大きく盛り上がっていった時期。かつて「もう右翼も、左翼もない」「国でなく個人を描く」という説得にも首を縦にふらなかった司馬がもし生きていたとすれば、はたしてこんな時代状況のなかで映像化を許可したただろうか。
「線を引いてここからが自分の土地、向こうがあちらの国、その結果、奪い合いをしてどっちが得したとか損したとか、そのために兵をあげてどうするとか、そういうものに血気盛んになられても困るんです」
こうした司馬の警鐘もむなしく、現在、戦後民主主義を否定し明治が日本の理想かのような思想がはびこっている。安倍首相は、強かった明治日本という幻想を現実政治に持ち込み、日本を再び戦争のできる国に変え、教育勅語まがいの道徳教育を押しつけ、さらには大日本帝国憲法を彷彿とさせる憲法改正を目論む……。明治の日本を取り戻すべく着々と歩を進める、安倍首相。「俺のやろうとしていることは、『坂の上の雲』だ」とでも思っているのだろうか。
自身の作品が最も怖れていた方向、ナショナリズムとミリタリズムの旗印とされているこの状況に、司馬は草葉の陰で何を思うのか。
(酒井まど)
最終更新:2015.11.14 12:44