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アイドルに必要なのは不幸な生い立ち? 酒井法子が告白した壮絶な過去と「空っぽ」の自分

「福岡に生まれ、二歳で両親が離婚、その後、実の母は行方知れずとなる。埼玉の伯母のもとで育ち、父が再婚して福岡へ戻った。暴力団員だった父、逮捕歴のある弟。その父も交通事故で亡くなる。十八歳にして、なんと彼女は身なし子になりました。
 複雑な家庭に育った者が芸能人になる──酒井法子こそその代表と言っていいでしょう」

 酒井法子がその半生を振り返った自叙伝『贖罪』(朝日新聞出版)によれば、7歳までは伯母のことを本当の親だと思っており、ある日突然「おまえはウチの子じゃないんだよ。本当の父親が引き取りたいと言っているけど、法子はどうしたい?」と告白された壮絶な過去を振り返っている。

 そして、事実を知らされた後、前述したように、彼女は再婚した父親とともに福岡で暮らし始めるわけだが、『贖罪』に記されたこの時期の「寂しさ」は相当なものだ。

「わたしはこの時期に、子どもながらに大人の顔色を窺うようになった。パパにも、ママにも、なかなか心から甘えることができなかった」
「子どものわたしにとっては、けっこう辛い季節だった。学校での出来事も、あまり記憶に残っていない。思い出したくなくて、あえて忘れているのかもしれない。何事もうまくいかない。そんなふうに感じることもあった」

 そんな彼女も松田聖子に憧れて芸能界を志し、アイドルとしてデビューすることになる。中森氏の『寂しさの力』では、酒井法子をトップアイドルとして育て上げた、サンミュージックの相澤秀禎会長・そしてその長男である相澤正久社長に取材したときの話をこう綴っている。

「あの子は幼い時に母親に捨てられ、里子に出された。二人の継母を転々とした。父親はヤクザだったという。相当につらかったと思うんです。でも、そのつらさをまったく出さない。自分を捨てた母親も、父親のことも、絶対に悪く言わないんです」
「彼女は自分が生きていくためには、まず、“いい子”に見られなければいけない、と非常に強く思っているんですよ。常に目の前の相手を気にして、その人に気に入られるように全力でがんばるというか」

 相澤親子は酒井法子の性格についてこのように語っているが、先に紹介した自叙伝『贖罪』のなかにも、まさにそれを裏付けるような記述がある。

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