「政治家への思いと名門家系の誇りに胸をふくらませ、一方では思うようにならぬ勉学に羞恥とルサンチマンを募らせていた多感な高校生にとって、東大卒で反骨の政治家と称えられた父を持つ晋太郎の『愛のムチ』は素直に受け入れられるはずもなかった」
寂しい幼少期を送ったことによる母・洋子への思慕というマザーコンプレックス、そして父・晋太郎に対する学歴コンプレックス。安倍首相はこうしたコンプレックスの反動で、「昭和の妖怪」といわれた巨大な存在である母方の祖父・岸への“憧れ”を募らせていった。そして、一方では、優秀な父・晋太郎への反発から、反骨の政治家だった祖父・寛の存在を拒否し、自分の意識から消し去ってしまった。
そういう意味では、晋三はコンプレックスを乗り越えたわけではない。岸信介というもっと大きな権威にすがることで、自分のプライドを癒し、肥大化させてきた。
そして今、その権威と自己同一化をはかり、「おじいちゃんの悲願達成」という個人的な思い入れのために、集団的自衛権を容認し、安保法制関連法案を閣議決定し、そして憲法改正へと突き進んでいる。
もし、反骨の祖父・寛が長命で、岸以上に幼い晋三に影響を与えていたら──。無意味なことだとは自覚しながら、ついそんなことを考えてしまうのである。
(野尻民夫)
最終更新:2015.05.24 07:04