アメリカ・ニューヨークに住む著者は、この10年間ほどファストファッションの虜だった。セレブ妻が高級メゾンのブランド品を買いあさって破滅するという話はよく聞くが、ハナから手が出ない庶民でも、その「模造品」のジャンキーになってしまうというのはリアリティがある。著者が本書の執筆前にクローゼットにある衣料品類を数えてみたところ、なんと全部で354点。その平均額は一枚30ドルに満たなかったという。ファストファッションは“洒落た服を購入する高揚感”を得たいという欲望を簡単に刺激するのだ。
そもそも衣料品の原価は、生地の値段よりも、むしろ人件費や工場運営費、広告費などに依存する。実は、布地の価格自体はどこの国でも大差ないという。問題は労働力だ。ファストファッションの価格は、縫製員の賃金と工場の収入が決定する。ここに、グローバリズムの波が押し寄せてくる。
同書によれば、ニューヨークでは高度な技術を持つ縫製員の時給は12〜15ドルで、アメリカの国民平均より高い。しかし、これがドミニカ共和国の自由貿易区域内になると、月の最低賃金はUSドル換算で150ドル以下。中国沿岸部では月117〜147ドル、バングラディッシュに関していえば、なんと月34ドルだ。さらに違法操業業者も少なくなく、移民労働者などを最低賃金以下で雇っているという。
縫製工場はどこまでも安い卸値を付けることを強要されている。さもなくば発注自体がなくなってしまうからだ。
「今日のアパレル業界では、メーカーの力は比較的弱い。労働環境を先進国と同等レベルまで引き上げることなしに、経済のグローバル化だけが進んだからだ。結果として世界じゅうの労働者が低賃金を武器に雇用を取り合うしかなくなっている」(同書)
消費者は品質の劣化さえなければどこでつくられたかなど気にもしないが、現地の環境は劣悪だ。ファストリも進出しているバングラディッシュの工場では、従業員のほとんどが水道も電気も通っていないスラムか、「それよりももっとひどいところ」に住んでいるという。工場の建物は老朽化しており、非衛生的であるうえに、経営側が危険管理すらおろそかにしている事例が多発している。
バングラディッシュでは、建物の崩壊や火災で多数が死亡するという“事故”が何度もあり、ときに被害者は数百名にのぼった。事故が発生した工場では、外資によってGAPやH&Mの商品が生産されており、従業員が帰宅しているはずの時間に火災が発生したにもかかわらず、死亡者がでてしまったケースもある。つまり、多くの従業員が劣悪な環境下で違法な残業を強いられており、それがファストファッションの低価格を支えているのだ。
そんなことを言われても、安いのはやっぱり助かるし、実際、途上国にも資本を落としているのだから、目をつぶろうじゃないか――そう考える向きもあるだろう。だが、再び日本に話を戻すとどうか。
たとえばユニクロ製品は、企画から生産、販売まで全てを手がけるSPA方式という業態を採用することで、品質を保ったまま低コスト化を実現している。現在、その生産の大部分が行われているのは中国だが、拠点をアジア諸国へと広げていくことが明言されている。