『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)
「在日特権を許さない市民の会」(在特会)らの排外デモ等でみられる、「朝鮮人を殺せ!」などという悪質なヘイトスピーチが問題になって久しいが、最近、降ってわいたかのように、これを規制しようとする政府の動きが活発化している。
8月、安倍晋三首相が、舛添要一都知事との会談で、ヘイトスピーチについて「日本人の誇りを傷つける。しっかり対処しなければならない」と発言し、それに呼応するように自民党が「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」を設置。新立法の可能性を視野に入れつつ検討を始めたのである。
筆者はもちろんヘイトスピーチに批判的な立場であり、このサイトでも一貫してレイシストや歴史修正主義者たちを批判してきた。しかし、ヘイトスピーチを権力の手で規制するというのは、同時に、憲法で保障されている表現の自由を脅かし、国民の知る権利を不当に制限することにつながりかねない。仮にヘイトスピーチ規制法が成立した場合、政権や検察、警察が意図的な法解釈をして、自分たちに都合の悪い言論や反対意見を押さえ込むことに利用する可能性も十分ある。
いや実際、安倍政権の動きを見ていると、その規制の矛先はヘイトスピーチでなく、むしろ反原発や戦争批判、さらに反ヘイトスピーチに向けられるのではないか。
そもそも、今回の法規制の動きは安倍政権内部から自発的に出てきたものではない。日本は以前より、国連の人種差別撤廃委員会から差別表現に対する法的規制を再三勧告されながら、それを無視してきたという経緯があったのだが、この8月、同委員会がジュネーブの国連本部で4年ぶりの対日審査を実施。今回はかなり踏み込んだ勧告がなされるとの予測が流れた事から、重い腰をあげたというのが実情だ(勧告の内容はヘイトスピーチを行った個人や団体に対して「捜査を行い、必要な場合には起訴すべき」とするかなり踏み込んだものだった)。つまり、今回の政府の法規制検討へ動きは、“外圧”によるものといっていいだろう。
こうした観点から、ヘイトスピーチ規制はあくまで国連で採択された人種差別撤廃条約に反するもの、つまり“政治や社会などのあらゆる分野において、人種、皮膚の色、民族等の特徴によって、平等な立場での人権と基本的自由を、持ったり行使したりすることを妨害する、目的または効果を有すもの”(要約)に限定されるから大丈夫だと言う意見もある。むしろ、「表現の自由」への意識が高い欧州でさえ、ヘイトスピーチは取り締まっているのだから、日本も積極的にならうべきだ、とするものだ。
しかし、ヘイトスピーチの法規制を研究している師岡康子弁護士の著書『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)によれば、欧州でも、取締まりの対象をヘイトスピーチ以外に広げているケースが見られる。
たとえばイギリスでは、ファシストのデモ規制を主な目的として、「1936年公共秩序法」という法が制定された。しかし、この5条では言動の内容が人種主義的であることを要件にしていなかったため、炭坑労働者のストでの演説などにも適用されている。