『スナックあるある』(講談社)
中高年の憩いの場・スナックが密かに再ブームの兆しをみせている。とはいうものの馴染みの無い人にとって「年配のママ」「低料金セット」「昭和歌謡のカラオケ」といった一般的なイメージ以外は、あの大仰な扉の中で何が繰り広げられているのか分からないのも事実。食べログのレビューにも載っているわけがない。
その実態を、愛情あふれる視点で紹介しているのが、『スナックあるある この素晴らしき魑魅魍魎の世界』(講談社)だ。著者は人気漫才コンビ・浅草キッドの玉袋筋太郎氏。仕事だけでなくプライベートでも全国のスナックに飛び込み入店し、一般社団法人“全日本スナック連盟”を立ち上げ、ブームをゆるく牽引する生粋の“スナッカー”である氏の実地体験に基づくネタは、知られざる店内魔境の魅力(魔力?)を浮き彫りにしている。
まず、のっけから「ミネラルウォーターは水道水に決まってる」と断言。晒しのカウンターだからこそ隠しそうなものだが、皿に移して「スーパーで買ってきた惣菜を、手作りよ、と言って出してくる」ママには、巷で話題の食品偽装問題も関係なし。「出勤前はカーラー巻きながら犬の散歩が日課」であり、いつまで経っても「年齢を聞くと“永遠の39歳”」と言い切る。その微妙な年齢設定にツッコミたくなる気持ちはさておき、なぜか「ママの娘が可愛いすぎる」事実に生命の神秘を感じずにはいられない。
そんなママを慕って集まるのは「尻のポッケに日刊ゲンダイ」を常備し、「他の客が歌っているカラオケの、どんな曲でもチークを踊りだすオヤジ」や「最初から最後まで寝ている客」といった憎めない(?)面々たち。「今日は年齢層が高いな、と思ったら年金支給日」という押し寄せる高齢化社会を体感できる事実も見逃せないが、「常連のおじいさんのグラスの中をよく見ると、なんだかわからない粒が浮遊している」現象はもはや現代科学では証明できない。
さらに店内を見渡せば「阿藤快の色紙の横にある判読不明な有名人のサイン」や「10代くらい前のキャンペーンガールのポスター」が壁を彩り、「ピンク電話が現役」で大活躍。地方スナックにくり出すと「マスターには上京の過去」があり、「テーブルが未だにジャンピューター」の店内には「動かないジュークボックス」が鎮座……。もはや70年代東映映画の世界そのものである。
そんな愉快な魑魅魍魎の世界から滲み出るのは、情報化社会に毒され、無味無臭で均一化されている現代人とは対照的な、剥き出しの“生き物感”ではないだろうか。恥をかかないように、ミスをしないように頭でっかちになり、周りの目ばかり気にする日々がばからしく思えてくるから不思議だ。そして「椅子ごと移動して『ヤドカリ!』とギャグをかます客」や「私服が大リーグジャンパーのおじさん」たちから漂う哀愁に、ほっこりさせられることは言うまでもない。
会社では後輩との慣れないSNS付き合いに気を使い、キャバクラで跳ねる元気もない、高級クラブをふんぱつしようと思っても頭にチラつく残業代ゼロ法案……。そんな疲れた御仁がカッコつけなくても、つくろわなくても、久しぶりにウケるか分からない下ネタを言ってしまっている湯加減がたまらない、癒しの鈍色空間・スナック──。優良店の見分け方は? 高齢アルバイトレディが唯一知っているスイーツとは? それらを知りたければ本書を読み、「ライオンのノックノブの扉」を開けて欲しい。そうすれば、貴方もいつの間にか「今日もまた グラス片手に 天城越え」が板についたスナッカーになっているかも知れない。
(文=藤谷良介)
最終更新:2018.10.18 05:56