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終戦記念日を前に シリーズ日本の加害責任を問う その3

昭和天皇の末弟「三笠宮崇仁親王」が日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と明言し、歴史修正主義を批判

昭和天皇の末弟「三笠宮崇仁親王」が日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と明言し、歴史修正主義を批判の画像1
宮内庁HPより


 戦後81年を迎えた今年。テレビなどで戦争を扱った特集が放送されているが、気になるのが、年を経るごとにその数が減っていること、そして日本があの戦争で引き起こした「加害」について触れるものがほとんどないことだ。そこで、本サイトでは、日本の加害責任についてあらためて考える記事をお届けしたい。

 第3弾は、〈昭和天皇の末弟「三笠宮崇仁親王」が日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と明言し、歴史修正主義を批判〉(2016年10月)。以下に再録するので、ご一読いただきたい。
(編集部)

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 昭和天皇の末弟である三笠宮崇仁親王が、2016年10月27日、心不全により逝去した。享年100歳だった。一部メディアは、崇仁親王の先の戦争に対する反省の念や、戦争反対への思いなどを伝えているが、その発言は、マスコミが報じている以上に踏み込んだものだった。崇仁親王は、いまこの時代を支配している右傾化に対して、早くから警鐘を鳴らしてきたとさえ言える。

 それを象徴するのが、右派の“南京大虐殺はなかった”という歴史修正主義に対する強い批判だろう。

 1915年生まれの崇仁親王は、陸軍士官学校に進み、軍人となり、日中戦争時の1943年1月から1年間、「若杉参謀」の名で参謀として中国・南京に派遣された。このとき崇仁親王は「支那派遣軍総司令部」で「支那事変に対する日本人としての内省」という文書を書き、日本の侵略主義を批判したのだが、その文書が発見された1994年には、月刊誌のインタビューで“南京大虐殺はなかった”という論についてどう思うか聞かれ、このように述べている。

「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。辞典には、虐殺とはむごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係ありません。私が戦地で強いショックを受けたのは、ある青年将校から『新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる』という話を聞いた時でした。それ以来、陸軍士官学校で受けた教育とは一体なんだったのかという疑義に駆られました」(読売新聞社「This is 読売」94年8月号)

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