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手塚治虫が描いた戦争をいま読み直す「飲まず食わずで、こんがり焼けた赤ん坊の手を…」そして30年前に警告していたこと

手塚治虫が描いた戦争をいま読み直す「飲まず食わずで、こんがり焼けた赤ん坊の手を…」そして30年前に警告していたことの画像1
『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」』(祥伝社)

 戦後72年目の夏となる今年。

 特定秘密保護法、安保法制、そして、共謀罪と、何度も日本国憲法を蹂躙し、先の戦争で刻まれたはずの反省を無きものとしてきた安倍政権だが、森友・加計疑惑など数々の横暴により支持率は低迷し小手先の内閣改造でも回復の兆しはない。

 安倍首相の宿願である憲法改正、とくにその第9条に手をつけることも、この状況となれば難しくなってきたようにも思われるが、それでも彼はまだ諦めていないらしく、7月23日に出席したイベントでも、改めて党内での議論を促したのに加え、「各党はただ反対するのではなく、案を持ち寄ってほしい」(7月23日付WEB版毎日新聞より)とも発言。野党の対案をも促したという。

 安倍首相や、安倍応援団たるネトウヨたちが馬鹿の一つ覚えのようにしばしば持ち出す、この「対案主義」のアホらしさに関してここでいちいち取り上げるつもりはないが、今後まだこの国を再び戦争ができる国に変えようとする動きがあるのならば、ここで再度、過去の戦争について振り返ってみることには大きな意味があるだろう。

 そんな折、『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」』(祥伝社)という本が出版された。この本はタイトル通り、手塚治虫が描いていた戦争をテーマにした作品を集めた本なのだが、そのなかで解説を担当している政治学者の白井聡氏は、2017年のいま、敢えて手塚治虫の戦争マンガを読み直すことの意義をこのように綴っている。

〈あの戦争体験に普遍性を見出すという戦後日本人の文化的合意には、致命的な弱点がはらまれている。それはすなわち、体験は時間経過によって必ず風化することである。普遍性と体験は、究極的には相容れない。ゆえに実際、手塚治虫の世代が次々に鬼籍に入るのと並行するように、現代日本の政治は、「戦に強いことを国の誇りとするのは止めよう」という戦後平和主義の最大公約数的コンセンサスを投げ捨てようとしている〉

 手塚治虫は自身の戦争体験に材をとった作品を何本か描いている。そのなかでも強烈なのが、1979年から1980年にかけて「週刊ヤングジャンプ」(集英社)に連載されていた『どついたれ』だ。

 この作品は、戦前戦中戦後の手塚の人生を振り返る自伝的作品で、結局は未完に終わってしまったものだが、そのなかに1945年の大阪大空襲での場面が出てくる。

 そのなかでは、空襲で両親を失い立ち尽くす幼い子どもに出会ったり、菓子工場跡の焼け跡にあったチョコレートや飴を拾い食いして上官から殴られたりといったエピソードなどが描かれているが、とくに衝撃的なのが、終戦間際の7月に起きた空襲でのエピソードだ。

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