しかも、問題はこれだけではない。世界遺産登録をめぐっては、日本側はユネスコの世界遺産委員会との約束を堂々と破り、昨年には世界遺産委員会が「強い遺憾を示す」とする決議を採択しているからだ。
問題となっているのは、2015年に当時の安倍首相の肝いりによって世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」。この世界遺産登録には韓国が反発していたが、日本側は朝鮮人徴用工について〈意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと〉を認め、〈第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる〉(内閣官房「産業遺産情報センターの在り方等について(第一報告書))」)と約束していた。
ところが、世界遺産登録後の2017年に日本側がユネスコへ提出した「保全状況報告書」では、朝鮮人徴用工について「戦前、戦中、戦後にかけて日本の産業を支えた多くの朝鮮半島出身者がいた」という記述で強制連行や過酷労働の実態を矮小化。2019年に出された「保全状況報告書」では朝鮮人徴用工について一切触れないという下劣な手に出た。
さらに、「徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」という約束から設置された「産業遺産情報センター」の一般公開では、徴用工の置かれた過酷な状況を説明するどころか、父親が軍艦島炭鉱で働いていたという人の「いじめられたとか、指さされて『あれは朝鮮人ぞ』とは全く聞いたことがない」という証言を紹介、給与やボーナスが支払われていた物証などを展示したのだ。
あらためて言っておくが、戦時中の朝鮮人強制連行は、当事者の証言だけでなく、公文書を含んだ史料がいくつも残っている歴史的事実だ。また周知のように、徴用工は企業によって、一部、日本人と変わらない待遇を受けているケースもあったが、大半が日本人とまったく違う劣悪な環境で働かされ、虐待や暴力を受けていたこ。そのことは、戦時中の日本政府の文書など公文書にも記録されている客観的事実だ。
ところが、同センターはそうした事実をほとんど無視して、逆にごく一部のケースを強調して強制労働の否定を宣伝したのだ。
当然、こうした展示実態をユネスコの世界遺産委員会も問題視。2021年7月の報告書では、「産業遺産情報センター」への専門家の現地視察を踏まえて、「朝鮮半島出身者らが意思に反して連れてこられ労働を強いられたと認識するのは難しそうだという強い印象が残った」と指摘。そして、2021年7月22日に世界遺産委員会は朝鮮半島出身者らが強いられた労働についての説明が不十分なままだと判断し、「強い遺憾を示す」とする決議を全会一致で採択。「意思に反して連れてこられ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者らがいたことや、日本政府の徴用政策について理解できるような措置」を考慮することを迫ったのだ。
だが、このユネスコの決議に対しても、当時の加藤勝信官房長官は「約束した措置を含め誠実に実行し、履行してきた」と反論。まるで反省がないという絶句するような態度をとったのである。