しかし、「ありえない」というのはこっちの台詞だ。そもそも、安倍首相は、黒川氏の定年延長について「検察のトップを含めた総意」、つまり稲田伸夫検事総長も認めたとして法務省が持ってきたと言うが、検察庁法の規定を無視して国家公務員法を適用させて定年延長させるというのは、特別法の優先原則をひっくり返す暴挙である、そんなことを“法律の専門家”である検察トップが提案するはずがない。
この間、メディアや検察ウォッチャーが報じた検察の内部情報を検証しても、事実はまったく逆で、法務省も検察庁も、昨年11月から12月にかけて「黒川氏は今年2月8日の誕生日前に辞職し、その後任に名古屋高検の林真琴検事長を横滑りさせその後、稲田氏の退職後に林検事長を検事総長に据える」という人事案で固まっていた。
その証拠に、名古屋では林検事長が東京高検に異動することを受けた送別会がすでに開かれ、黒川氏のほうも誕生日の3日前にあたる2月5日に送別会が開催されることが予定されていた。
ところが、安倍官邸は「黒川氏は2月で定年退職、稲田検事総長の後任は林氏」というこの法務省の人事案を突き返し、「稲田検事総長を黒川氏の定年前に勇退させ、黒川氏を検事総長に据える」よう法務省に圧力をかけ始めたのだ。
これは、安倍首相が「熟読」を勧めたこともある御用メディアの読売新聞でさえ報じている。
〈次期検事総長の人選は、昨年末から官邸と法務省との間で水面下で進められた。同省から複数の候補者が提案されたが、安倍首相と菅官房長官は黒川氏が望ましいとの意向を示したという。〉
〈検事総長の在任期間は2年前後が多く、2018年7月に就任した現在の稲田伸夫検事総長(63)は今夏に「満期」を迎える。黒川氏は2月に定年退官し、7月に63歳となる林真琴・名古屋高検検事長(62)が後任に起用されるとの見方もあったが、政府の措置で黒川氏は検事総長への道が開けた。〉(2月21日付)
また、「文藝春秋」5月号に掲載されたノンフィクション作家・森功氏のレポートによると、昨年内に黒川氏の検事総長就任の人事発表を閣議でおこなうつもりだった安倍官邸は12月になっても辞める意思を示さない稲田氏に焦り、年末から年始にかけて、法務省の辻裕教事務次官に〈官邸側の“圧力”を伝える役割〉を担わせたというが、それでも稲田検事総長の意思は固かった。
その結果、安倍官邸は「定年延長」という脱法・違法の手段をとらざるをえなくなったのだ。
今回の問題の背景には、官邸と法務・検察の間でこうした検事総長人事をめぐる対立があったことはもはや誰の目にも明らかなのに、安倍首相は「黒川氏の定年延長は稲田検事総長も含めた法務・検察の総意だった」などと言うのである。嘘をつくにしても、あまりにも無理があるだろう。