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NHKが731部隊の人体実験証言テープを公開し、安倍政権につながる重大な問題を指摘! ネトウヨが錯乱状態に

 戦中の731部隊には、当時の帝国大学などからエリート医学者たちが集められていた。なぜ、人の命を救う医学者、それもエリートたちが、大量殺戮のための生物兵器の製造・実験に従事することになったのか。『Nスペ』によれば、731部隊に最も多くの研究者を出していたのは、京都帝国大学(11名)で、ついで東京帝国大学(6名)だった。少なくとも、10の大学や研究機関からあわせて40人の研究者が集められていたという。

 番組は京都大学を取材。その大学文書館に保管された文部省と京大の往復文書のなかから、731部隊と京大との“金銭のやりとり”を示す証拠を初めて見つけ出したという。

 その731部隊からの特別費用が記された書類には、細菌研究の報酬として、現在の金額で500万円近い金額が、研究者個人に支払われていた。取材を進めると、弟子たちを部隊に送ったとみられる教授たちの存在が浮かび上がる。その教授のひとりの研究報告書からは、軍関連で現在の額にして実に合計2億5000万円にも及ぶ研究費を得ていたことが判明した。

 ハバロフスク裁判の証言音声にも、731部隊に巨額の国家予算が投じられていた事実が語られている。

「確実な数字はただいま記憶しておりませんが、だいたいの数字を申しますと、昭和15年度におきましては、だいたい1000万円(現在の金額で約300億円)に近い予算が使われておったように記憶しております」(731部隊第一部〔細菌研究〕部長・川島清)

 軍は、豊富な国家予算をもってして大学との関係を深めていったのだ。また、京大出身の軍医だった731部隊長の石井四郎は、大学幹部と結びつくことで、優秀な医学者たちを集めていったという。

 そうしたエリート医学者のひとりに、当時、京大医学部講師だった吉村寿人がいる。吉村は回顧録のなかで、突然、教官から満州の陸軍の技術援助をせよと命令され、断ると、今の日本の現状からこれを断るのはもってのほかである、破門するから出て行けと言われたと記している。結局、吉村は陸軍技師として、1938年から敗戦まで731部隊での研究を行った。吉村の与えられた研究は凍傷の症例と対策。生きた囚人を使って、人工的に凍傷を引き起こすなどの人体実験を行ったのだ。

 しかし、こうした731部隊に従事したエリート医学者たちが、戦後に裁かれることはなかった。たとえば吉村は戦後、京大に戻り、最終的に京都府立医科大学学長を務める医学会の重鎮となったが、吉村だけでなく、その多くは日本へ引き上げたのち、一流の医学者として頭角を現していったという。前述の歴史学者・秦郁彦氏はこのように記している。

〈吉村でなくとも、若い医学者はいつ召集を受け、第一線に狩り出されるかわからない不安な身分にあった。陸軍技師として豊富な研究費を与えられ、自由な実験ができるのは魅力にちがいなかった。
 長老教授たちも、石井の顔で陸軍から研究費が流れ、貴重な実験データをもらえるのを期待して、弟子を送り出すことになる。いわば持ちつ持たれつの利害関係が、成りたっていたのである。〉(『昭和史の謎を追う』上巻/文藝春秋)

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