誤解を解くために描き直された『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、戦争に巻き込まれ悲惨な目に遭う市井の人々も描かれている。そんな残酷なシーンをわざわざ描いたのは、なんの罪もない子供まで無慈悲に殺されてしまうのが戦争の本当の姿だからだ。
〈現在僕がつくり続けている『機動戦士ガンダム・ジ・オリジン』は戦争の話だ。ことに、僕がつけ加えた戦争に至るまでの部分「前史」には、戦争に巻き込まれる人達、これから巻き込まれるであろう人達がたくさん出てくる。大量死の運命を避けられない市民や、大切なぬいぐるみを抱いて親に手を引かれ、逃げる子供も出てくる。そういう「絵」をつくるのはとてもつらい。そこに「生」が在り「生活」が在るのを、あるいは在ったのを感じるからだ。
「生」は死よりも重い。たぶん、ずっとずっと、重い〉(前出『原点』)
安彦氏が物語を通じて戦争を描く一方、現実の世界のこの国は、戦後70年以上が経ち、またかつての過ちを繰り返そうとしている。
「いまは日本が大きな曲がり角にきているという気がしています。集団的自衛権の行使容認は米国と一緒に戦争がしたいことの表れで、米国もそれを歓迎する。そして、ますます米国にはなにもいえなくなる。その構図がゆるせないんです。基本的にはだれでも平和がいいと思っているが、戦争にはある種の魔力があって、『戦争だ』とメンタル的に人を高揚させる部分があるのも事実。人間の性みたいなもので、どうしても消せない」(前出『原点』)
その根っこには、対米従属構造に加え、安倍晋三首相および彼を熱烈に支持するネトウヨ的感性をもつ人々の戦前回帰志向があると安彦氏は断じる。
「日本では一九四五年の敗戦を境にして表と裏がひっくりかえるような強烈なねじれ現象、つまり、価値観の逆転が起きたわけですよね。それはとても強引なねじれだったので、長い時間をかけて、ゆりもどしという動きが出てくるわけです。それは自然な流れだと思うけど、外部からは、日本がいつか来た道にもどろうとしていると見えるのではないでしょうか。その一つが国民の保守化であり、安保関連法などに代表される一連の防衛政策なのだと思います」
「終戦にともなっておこなわれた一億総懺悔と、戦前はみんなまちがっていたという強烈な反省。そのなかにはそこまで反省しなくてもいい問題がいっぱいあったんです。その意味では、国家の安定とともに復元の動きが出るのはあたりまえなのですが、その方向をまちがってしまうと『日本は侵略なんかしていない』とか『植民地支配は悪だというけど、日本はいいことだってしたではないか』と、そのレベルまでもどりすぎてしまう。安倍晋三首相のやっていることも、もどっちゃいけない方向だと思うんです」(前出『原点』)