そもそも、皇室記事は日本の大手新聞社にとって最大のタブー。一歩間違えれば、国民から総批判を受け、右翼などによる襲撃の可能性まであるため、相当な確度がないと報道しない。水面下での“天皇の談話”を伝えるものならば、なおさら慎重に慎重を期すのが通例である。
その点、今回の毎日のストレートな書きぶりを見ると、これはどう考えても、ネタ元によっぽどの自信があるとしか思えない。実際、記事をよく読むと、伝聞風の“天皇の談話”こそ情報源を完全に隠しているものの、記事の後半には「宮内庁幹部」の談として〈(保守系の主張は)陛下の生き方を「全否定する内容」〉とのコメントがあり、〈宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとした〉などと続いている。天皇の側近がリークした可能性はかなり高いだろう。
それだけではない。ネトウヨたちは宮内庁の西村次長が会見で報道を否定したことを理由にデマとかフェイクニュースと決めつけているが、あまりにリテラシーがなさすぎる。
だいたい、宮内庁が皇室関連のスクープやスキャンダル報道を即座に否定するのは、いわば“お約束”である。事実、昨年7月にNHKが「天皇陛下『生前退位』の意向」をすっぱ抜いたときも、当初、宮内庁はすぐに「報道されたような事実は一切ない」と全否定していた。
だが周知のとおり、スクープから約1カ月後の8月8日には、例の「おことば」ビデオメッセージが公開。そこで今上天皇は「象徴天皇」の務めを次世代に受け継がせたい思いを強くにじませ、わざわざ「摂政」ではこれは実現できないと述べたうえで、生前退位の恒久的な制度設計を国民に訴えた。NHKのスクープは真実だったのだ。
実は、7月のNHKのスクープ時、各マスコミの宮内庁担当は後追い報道のため、宮内庁へNHKに対する「抗議」の有無の確認に走っていた。というのも、宮内庁が本気で「事実無根」を主張するときには、必ず報道したメディアに対する厳重抗議を行うからだ。
宮内庁は常に紙媒体やテレビなどの皇室報道に目を光らせている。そして、報道に異論があれば、ホームページに設けた「皇室関連報道について」なるページにすぐさま文書を掲載、徹底的に反論し、メディアを吊るし上げるのだ。
一例をあげると、宮内庁は今年に入ってからも、「週刊文春」(文藝春秋)1月21日号に掲載された皇室記事「12月23日天皇誕生日の夜に『お呼び出し』 美智子さまが雅子さまを叱った!」に対して「厳重抗議」を行なっている。前述のHPには、疑義を呈する箇所をひとつひとつ挙げ、天皇、皇太子、秋篠宮それぞれに聞き取り調査、反論したうえで、「記事の即時撤回」を求める文書を掲載。「週刊文春」発売日の翌日という、極めて迅速な対応だった。
ところが、昨年のNHK「生前退位の意向」スクープの際には、いつまでたってもこうした「抗議」の音沙汰がなかった。そして、今回の毎日のスクープも同様に、報道から1週間以上が経過した5月30日11時現在になっても、宮内庁が毎日新聞社に正式に抗議をしたという話も出てこなければ、HPにも抗議文を掲載していない。
実際、24日午前に宮内庁に「毎日新聞へ抗議の有無」を問い合わせたところ、報道室担当者は、「23日付けの読売新聞と産経新聞に宮内庁の見解が出ておりますので、そちらをご確認ください」との回答のみだった。なぜ行政が国民に対して特定の新聞を読めなどと言うのか、ちょっと首をかしげざるをえない(安倍首相の「読売新聞を読め」を彷彿とさせる)が、それは置くとしても、宮内庁は「抗議」の有無について全く言及しなかったわけだ。なお、23日付読売と産経の記事はともに、前述した宮内庁の西村次長の会見をベタに伝える内容で、やはり「抗議」については一言も触れられていない。
普段、マスコミに猛烈に「抗議」する宮内庁にしては、今回の毎日新聞スクープへの対応はかなり“思わせぶり”と感じずにはいられない。