いや、この発言は元都知事というだけでなく、作家としても大丈夫かと言いたくなる。石原は小説を書くにあたり、宅間守の担当弁護士や臨床心理士に長時間インタビューし、「人間の存在の深淵の深淵にあるものに取り組んで、小説家の手ではこれ以上届かないところまで書いたつもり」だと胸をはっていた。ところが、たどりついた結論は「やっぱりDNA」。その人間観はいくらなんでも浅すぎるだろう。
浅すぎる人間観、といえば、もうひとつ、この対談で明かされていた天皇とのエピソードもすごい。
なんでも、石原は都知事になったばかりの頃、夫婦で宮中に招かれ、天皇皇后夫妻と会ったらしい。その際に、天皇が葉山の御用邸の前の海で素潜りをしているという話題になったのだが、石原はそのとき、天皇とこんなやりとりをしたことを自慢げに語っているのだ。
「僕が「それだったら陛下、スキューバをお勧めします。簡単ですから。人生観変わりますよ」と言ったら、陛下が「はあ、人生観ですか」とおっしゃるから、「そういえば、天皇陛下の人生観はわれわれには分かりませんな」と言ったら、女房も皇后も笑ったの。そうしたら、陛下、気を悪くしちゃって黙っちゃってさ。」
天皇相手に何を言っているのだろう、この男は。
断っておくが、別に「天皇を敬え」とか「不敬だ」とか、天皇主義者のような主張をしたいわけではない。そもそも石原はかつて「皇室はなんの役にも立たなかった」「国歌は歌わない。歌うときは『君が代』を『わがひのもと』に変えて歌う」と発言するなど、皇室嫌いで知られているから、天皇にぞんざいな口をきくことじたいはいまさら驚かない。
しかし、生まれたときから皇位継承者として生きていくことを宿命づけられ、即位後は国の象徴的役割を背負ってきた相手に、スキューバ程度で「人生観変わる」はあまりに浅すぎないか。しかも、相手が自分の意見に興味を示してくれないと見るや、「天皇陛下の人生観はわれわれには分かりませんな」と小馬鹿にするようなことをいって突き放す。天皇だって機嫌が悪くなるのは当然だろう。
いや、問題は相手が天皇だからという以前の話だ。当時、石原自身もとっくに還暦を過ぎていたのだ。そんな歳で「スキューバで人生観変わる」などという大学生みたいなセリフを平気で口にできるということ自体、この男の知性のなさ、幼稚さを物語っているといえる。