一方「凍土壁」は、4つの選択肢の中で真っ先に外された工法だった。その理由はいくつもあった。「凍土壁」はこれまでトンネル工事などで一時的に設置されてきたが、大規模かつ長期的には未だ経験も実用例もない事業だった。また、原発の地下水の水位を低下させるため逆に高濃度汚染水の流出のリスクがある。さらに地下水の流れが速い場所では凍らないし、荒い砂や岩などの隙間にはそもそも水がないため凍らない。加えて、その隙間から汚染水が漏れ出す可能性も高いなど、その効果を疑問視する理由が数多く存在したからだ。
こうした経緯から「鉛直バリア方式」の導入が決定され、馬淵議員は同年6月14日に発表会見を行う予定となっていた。
しかしその直前、東電側から横やりが入る。馬淵議員はその経緯を事故後2年半が経った2013年9月17日の日本経済新聞でこう暴露している。
「6月14日のプレス発表の前日、東電の武藤栄副社長が『(遮水壁の設置によって東電が)債務超過に追い込まれると市場が評価する可能性があるので、決定というのは待ってほしい』と当時の経産相に言いに行った」
「鉛直バリア方式」の遮水工事は新たに1000億円の費用負担が発生し債務超過となり、東電は破綻してしまう。そうなれば原発の冷却も、事故収束作業も、住民への損害賠償も不可能だ。──東電はこう主張して事実上政府を“恫喝”したのだ。
これに対し民主党政権は屈したかたちとなり、「鉛直バリア方式」は立ち消えになってしまう。同時に遮水壁問題ものものも、その後2年もの間、事実上放置されていた。
ところが、安倍政権となった2013年、汚染水問題が再びクローズアップされ、遮水壁問題が突如として動き出した。
同年4月3日、経済産業省による「汚染水処理対策委員会」が設立され、それから2カ月もしない5月30日には、なぜか「凍土壁」が妥当だとの提言が取りまとめられる。さらに9月3日には政府基本方針として、凍土壁の建設を前提とする汚染水対策に関し「今後は、東京電力任せにするのではなく、国が前面に出て、必要な対策を実行します」(経済産業相HPより)との決定がなされたのだ。
安倍政権が突如として汚染水対策に乗り出した。しかも2年前には実現不可能とされた「凍土壁」を復活させて。
その理由のひとつが、東電の負担軽減という驚くべきものだった。すでに記したように「鉛直バリア方式」では1000億円を東電が負担することになるが、「凍土壁」の建築費は320億円で、関連予算を加えても470億円だ。しかも「凍土壁」ならその負担は東電ではなく「国費」、つまり税金が投入できるというカラクリが存在した。
元経産官僚の古賀茂明氏は「週刊現代」(講談社)2014年9月6日号の連載コラムで、政府と経産省の思惑をこう指摘している。
「鉄とコンクリートの壁だと誰でもできる。しかし、巨大な凍土壁は研究開発的要素が大きくてリスクが高く、東電にやらせるのは酷だ。だから国の研究開発事業としてやるという理屈をつけた。それで税金投入が可能となった。本末転倒も甚だしい」