口では「女性の社会進出」を謳っておきながら、本心では「伝統的な家族制度」の名のもとに女性を家のなかに縛り付けておきたい。それが安倍首相の真の思いである。ただ、先ほどから再三述べている通り、これは本当に「伝統」なのか。先ほど「週刊プレイボーイ」での発言を引いた橋本治氏は、昨年上梓した『性のタブーのない日本』(集英社)のなかで、このように綴っている。
〈この日本は昔から女が力を持っている国です。平安時代以前、女帝は何人もいます。「その女帝は飾り物だ」と言いたがる人もいますが、複数の女帝が存在した結果、父なる天皇から皇位継承を受けた男の天皇というのは、日本の最初の女帝である推古天皇の時以来、平安京を作った桓武天皇になるまで一人もいないのです。桓武天皇になって初めて、男の天皇を父とする天皇が登場します。飛鳥から奈良時代まではそういう時代ですから、この時代の女性達は強いです。自分から進んで兵を率いて戦争をしたり、我が子を天皇にするために現天皇の暗殺を計画したりします〉
先日、本サイトでも取り上げた、古典エッセイストの大塚ひかり氏が指摘している通り、日本の家族制度は古来、母系的な社会であったと言われている。
〈そもそも母系社会とは、「祖母、母、娘というように、代々女性の血縁関係(出自)をたどって、社会集団をつくりあげ、相続・継承の方法を決定する」(須藤健一『母系社会の構造』)社会のことで、日本では厳密な意味での母系社会はなかったという説もありますが、貴族社会は長い時代を通じて「母系的」であったことが結婚形態などからうかがえます。
母系社会の主な結婚形態は、夫が生家から妻方へ通う「妻問い婚」と、夫が妻の実家に入る「婿入り婚」(婿取り婚)。日本では、武士が台頭する鎌倉時代までは、この二つのミックス形態が主流で、婚姻時は、夫が妻方に通ったり、妻方の実家に住み込んでいたものが、夫婦に子供が生まれるなどすると独立するのが常です〉(『本当はエロかった昔の日本 古典文学で知る性愛あふれる日本人』新潮社)
この世界には、安倍政権の人々が主張する家父長制的な「伝統」とは真逆の光景が広がっている。「一家の大黒柱のお父さんに、専業主婦のお母さん」といった役割分担ではなく、身の回りの雑事などを担うのはむしろ男の役目である。
また、子育てに関しても今とは違う認識が広がっていた。『うつほ物語』では、娘におしっこをかけられた夫が「この子を抱いてください」と頼んでも「まぁ汚いこと」と言ってそっぽを向く母親に対して、「彼女は内親王で、究極のお嬢様だから」と、育ちのいい証拠としての肯定的な評価が書かれている。今なら「育児放棄」と言われて世間から糾弾されるところだ。「母性」という考え方も、今と昔では違うのである。