さらに、である。TPP推進派が“最大のメリット”にあげている自動車輸出も、ほとんどアメリカのいいなりの結果にしかなっていないのだ。
政府は当初、自動車の関税が10年でゼロになるかのような話をしきりに喧伝していたが、肝心の大筋合意の内容では、アメリカへの「乗用車」(2.5%)の関税は発効から15年後にようやく下がり、完全撤廃までには25年もの歳月がかかることになった。
さらに問題なのは関税率が高い「トラック」(25%)で、実に撤廃まで最低29年かかることになった。この「トラック」の中にはSUV(スポーツ用多目的車)が含まれているが、これはアメリカでもっとも人気の自動車形態である。日本のメーカーはTPPによる関税撤廃で、この市場に進出することを狙っていた。ところが、これらはフォード、ゼネラルモーターズ、クライスラーというアメリカのビッグスリーの主力商品であるため、日本車が参入できないように関税撤廃条件をとびきり厳しくしたのである。
アメリカは日本がTPP交渉に途中から参加する際に「自動車の関税撤廃をできるだけ後ろ倒しにする」という条件を出していたが、結局、蓋を開けてみるとそのとおりだったというわけだ。
TPPは自動車輸出が伸びるので総合的にはプラスになるという見方は現実的ではない。実際、日本自動車工業会の池史彦会長も会見で、「正直言って、何十年かかけて撤廃されたからといって、それが輸出量に大きく影響を与えるかというと、あまりないと思う」と語っている(ロイター通信/15年7月23日)。
農畜産物では国内の農家が壊滅的打撃を受けるような条件をのまされ、自動車輸出では米国の聖域を崩せずほとんど成果なし──。甘利前大臣によるTPP交渉はひたすらアメリカに妥協するだけの、推進派から見ても、明らかな敗北に終わったのだ。これのどこが「タフネゴシエーター」で「国益を守った立役者」なのか。
ようするに、松本はここでもまた、官邸の詐欺的宣伝に引っかかってしまっているのである。実は、官邸は大筋合意がなされた昨年10月以降、敗北としか言いようのない結果をごまかすために、意図的に甘利氏をヒーローに仕立てようとしていた。御用機関紙の産経新聞には、甘利氏が米側と火花を散らしたというエピソードが満載の舞台裏ルポを書かせ、テレビには、甘利氏の粘りで国益が守られたというストーリーを流す──。松本だけでなく、国民の中にも交渉の詳細をまったく知らないまま、“甘利立役者説”を信じ込んでいる人はかなり多いはずだ。
さらに、松本にはもうひとつ、安倍政権のデタラメをそのまま鵜呑みにしていることがある。それはまさに、松本の「わずか50万円で何兆円規模の国益を捨てるのか」という主張の根幹である「何兆円の国益」という部分だ。
おそらく、松本がこの数字を口にした根拠は、昨年12月、安倍政権がTPPによって実質GDPが約14兆円(2.6%)押し上げられるとの試算を公表したことだろう。