川崎中1殺害事件でも「『母であるよりも女でいたい』などという考えも、二の次に置いてほしい」と書いていた林真理子氏…(画像は『美女入門スペシャル 桃栗三年美女三十年』マガジンハウスより)
「いったいどうして、十三歳の子どもが真夜中の街をさまよっているのだ」
8月に起こった寝屋川中1殺害事件に対し、このように強い言葉で批判を繰り出したのは、作家の林真理子。「週刊文春」(文藝春秋)9月17日号の連載コラムで“母親バッシング”を展開している。
林といえば、今年2月の川崎中1殺害事件でも、被害者少年の母親バッシング、シングルマザーに対する無理解とも思える言いがかりをつけ、その無神経さにネット上では炎上騒ぎが起こったばかり。しかし、それでも林は、自身を顧みるどころか、まったく自説を曲げる気などさらさらないらしい。今回もまた懲りずに “被害者の親責任論”を主張しているのだ。
連載コラムで林は、「不思議なことに、テレビのコメンテーターも新聞に書く識者も、誰も親のことには言及しない」と不快感を表明。「まず家の鍵をかけ、子どもが夜中に出て行かないようにするのは、行政でも地域でもないはずだ。親にしか出来ないことだ」と被害者の家族に批判を行っている。
ただ、今回のコラムでは、川崎中1事件で起こった炎上を考慮してか、直接的な母親に対する批判を一見控えているようにも見える。しかし、林は、実は前回以上に悪質で巧妙ともいえる“仕掛け”をコラムに施している。
冒頭、寝屋川事件に触れた林だが、話は突然、自分の両親に関するストーリーに移る。いい加減な性格ながら発明狂だった父が、晩年、発明協会から賞をもらったこと。今年9月に100歳を迎えた母親の誕生日に、娘と表参道の洋菓子店で特製バースデーケーキをつくってもらったこと。それを「弟、姪、従妹たち、その連れ合いと孫、私と娘といったメンバーで、ハッピーバースデーを歌った」こと。そのとき林は、母親にこんな言葉を贈ったのだと書く。
「お母さん、私を産んでくれてありがとう。そして大切に育ててくれてありがとう」
内容がこれだけならば、よく言えば“心暖まるいい話”、意地悪に言えば“ステキなファミリー自慢”のようなもの。だが、前述したように、このコラムの本題は寝屋川の事件。林は上記の自分の言葉のあとにこう続ける、「私はすべての子どもたちに、将来こう言って欲しいのである」。つまり、寝屋川事件の被害者家族に対する批判を行いながら、対比的に“愛にあふれた自分の家族の話”をもちだし、倫理や道徳を説いているわけだ。