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C.R.A.C.野間易通「ネット右翼の15年~『自由』が民主主義を壊していく」第2回

安倍首相と在特会元幹部──“ツーショット事件”は偶然ではない

 そもそも安倍晋三の現在の絶大な人気は、2002年の拉致被害者5人の帰国の際に北朝鮮に対して強硬姿勢を打ち出したことに始まっている。当初の北朝鮮との合意ではこれは一時帰国扱いであり、5人は日本にしばらく滞在したあと北朝鮮に戻ることになっていたが、当時官房副長官だった安倍は北朝鮮に戻すことに強硬に反対し、5人をそのまま日本に留めておいたのだった(この判断自体は私も正しいと思う)。このときから、安倍は拉致被害者奪還のために献身的に、強い姿勢で臨む政治家として、拉致被害者救出運動に携わる人びとから絶対的な支持を得るようになった。しかしひとつ問題があった。救う会をはじめとした運動体は、保守から右翼、排外主義者、そしてときにヤクザまでが入り混じった状態だったのである。

 増木は現在も「救う会大阪」の代表だが、この組織はいわゆる救う会、すなわち「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」とは別組織である。2006年に全国協議会から除名され、独立した運動体となっているのだ。2004年ごろから各地の救う会内部にヤクザが入り込んだり、資金の流れの不透明さが問題になり、一部の地方組織が全国協議会から離脱、あるいは除名された。救う会大阪もそうした組織のひとつであった。

 全国協議会から離脱したあとも救う会大阪はそのまま活動をつづけた。在特会や主権回復を目指す会、あるいはネオナチ運動を古くからやってきた瀬戸弘幸など、いわゆる「行動する保守」と活動をともにするようになり、次第に排外主義的な色彩を強めていく。2009年の4月、増木は小学校の女性校長を脅したとして暴力行為法違反容疑で逮捕された。在特会はこの逮捕を理由に増木を関西支部長から解任する。

 増木はその後、在特会や桜井誠に対して「ヘイトスピーチがひどい」ということを理由に批判的なスタンスを取るようになる。しかし、そもそも昨年大きな問題になった大阪・鶴橋でのヘイトデモの原型は、2009年7月18日に増木が鶴橋で行った「許していいのか、北朝鮮の横暴!」というデモと署名活動にあるのだ。彼が安倍晋三とツーショット写真を撮るひと月ほど前のことである。

 このデモのチラシには大きな文字で「在日北朝鮮のメッカ、鶴橋で大デモ行進決行!!」と煽り文句が書かれていた。「拉致被害者救出」の大義名分を隠れ蓑に、鶴橋や新大久保といったコリアンの集住地域で、拉致に直接関係のない在日朝鮮・韓国人にヘイトスピーチをぶつけるという、今も頻繁に見られるヘイト・デモのスタイルはこのときに始まったのだった。増木は現在「ヘイトスピーチなどやっていない」と弁明するが、このとき鶴橋では拡声器から「劣悪な朝鮮人」という言葉が大音量で流れていたのである。一般の在日朝鮮人へのヘイトと拉致被害者救出運動は本来なんの関係もないはずだが、その2つは安倍への熱狂的な支持を媒介に結びついていたといってもいい。

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