このドイツ取材があった84年春は、春樹がちょうど『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を発表する約1年前のこと。いまから30年も前の話となるが、春樹のファンならば「何をいまさら」と思う人もいるかもしれない。というのも、「アサ芸」の記事中でも指摘されているように、春樹のエッセイや小説には、マリファナの話題が登場するからだ。
たとえば、『うずまき猫のみつけかた』(新潮社)では、アメリカ時代の生活に触れた箇所で「マリファナ、ハッシシなんてその昔は飽きるほど吸ったぜ……というのは誇張ですけど、もちろん」「経験的に言って、マリファナというのは煙草なんかよりも遥かに害が少ない」と、その愛好歴をほのめかしたり、シリーズで約400万部の売り上げを誇る長編小説『1Q84』(新潮社)でも、主人公・天吾のマリファナ体験を「脳みそが揺れているんだ」と、“実際に経験をした者しか書けないようなリアルな描写”が綴られていることもあった。
まさか、春樹のような大作家が反社会的な行為に耽っていたなんて──。若い読者のなかには、このようにショックを受ける人もいるかもしれない。だが、春樹が全共闘世代であること、そしてヒッピーカルチャーに慣れ親しんだ世代であることを考えれば、なんら不思議な話ではない。この「アサ芸」の記事でも書評家の永江明が「むしろ、あの世代で文化活動をしている人物で大麻などの違法行為を経験していない人たちのほうがモグリと言える時代だったのです。それは『カルチャー』だったのです」と述べているように、これも当時は“文化”のひとつだったのだ。
2014年のいまでは“大スクープ”ながらも、年代を考えると、春樹が大麻パーティに参加していたこともいたって“あり得る”話ではある。だが、この記事がスクープたるゆえんは、別な部分にあるだろう。それは、これは「他社の週刊誌では掲載不可能」の記事だからだ。
まず、「週刊新潮」を発行する新潮社は、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』など近年の代表作となる長編小説を数多く発行しているため、まず不可能。「週刊文春」の発行元である文藝春秋も、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に『女のいない男たち』の版元だ。『ノルウェイの森』をはじめとする初期〜中期の作品はすべて講談社であるため、「週刊現代」も到底手は出せない。作家タブーを抱える出版社はもちろん新聞社もテレビ局も一切報道することはできないだろう。──純文学とは何の関係もない「アサヒ芸能」だからこそ、ぶち上げることができた“スクープ”なのだ。まあ、でもアサ芸の読者はほとんど関心がないだろうことが残念ではあるが……。
(水井多賀子)
最終更新:2016.08.05 06:57