それはともかく、まさか、そんな世界観の楽曲に対し、新海監督が「ここにあるような音楽が映像とうまく絡み合ったら、今までのアニメーション映画にはないような味を付け足していってくれるんじゃないかと感じていた」と語るとは。
もちろん、好きなミュージシャンを前にした対談でのリップサービスの可能性もなくはないが、その話を聞いてどうしても思い出してしまうのが、今年1月に『池袋ウエストゲートパーク』でおなじみの直木賞作家・石田衣良から、「新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか」と言われ激怒した騒動だ。
発端は、ウェブサイト「NEWSポストセブン」で公開された石田のインタビューだった。そのなかで彼は『君の名は。』が大ヒットした理由をこのように分析した。
「「君の名は。」の監督の新海誠さんも若い子の気持ちを掴むのが上手いと思いました。たぶん新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか。それがテーマとして架空のまま、生涯のテーマとして活きている。青春時代の憧れを理想郷として追体験して白昼夢のようなものを作り出していく、恋愛しない人の恋愛小説のパターンなんです。
付き合ったこともセックスの経験もないままカッコイイ男の子を書いていく、少女漫画的世界と通底しています。宮崎駿さんだったら何かしら、自然対人間とか、がっちりした実体験をつかめているんですが、新海さんはそういう実体験はないでしょうね。実体験がないからこそ作れる理想郷です。だからこそ今の若者の憧れの心を掴んだのかも知れません。」
これに対し、新海監督は石田の名前を明言することは避けつつも、ツイッターにこんな文章を投稿。行間から怒りを滲ませていた。
〈最近は実に様々なお言葉いただきますが、なぜ面識もない方に僕の人生経験の有無や生の実感まで透視するような物言いをされなければならないのか…笑。いやもう口の端にのせていただくだけでもありがたいのですけれど!〉
新海監督自身は、自身の作品にそういった「童貞」感があり、それを求める観客も多くいることを認めている。『君の名は。』の前の作品『言の葉の庭』公開時に受けたインタビューではこのように語っていた。
「風景がきれいなアニメを「新海作品みたいだ」と言ってくれる方もいれば、童貞臭がする物語とかハッピーエンドじゃない物語も「新海っぽい」と言っていただけることもありまして(笑)。そういう童貞くささとか悲劇性を求めている人からすると、昔からリア充の人には僕の作品が伝わらないだろうと思われるのかもしれませんね」(「週刊プレイボーイ」13年5月27日号/集英社)