たとえば、サザエさんを文化史から捉えた『サザエさんからいじわるばあさんへ 女・子どもの生活史』(樋口恵子/ドメス出版)では、〈古風な伝統主義者たちはたいてい「サザエさん」が好きだ〉といい、サザエさんがそれらの層からウケる理由として、以下のようなキーワードを挙げている。
〈木造の日本家屋、カツオくんのイガグリ頭、三世代七人の雑居型大家族、出入りの商人・職人たちの戦前のような律儀さ、都市にも存在した地域社会の年中行事と緊密な人間関係、粗忽ながら折り目正しい礼儀作法〉
そして、保守層から愛される最大の理由は、サザエさんが専業主婦である、という点だ。
〈洋裁・編みものの内職をしたほかは、パート経験といってもごく短期間家事手伝いに出かけた程度、家庭と地域を守る古式ゆかしき主婦なのだ。父と母、磯野波平・フネ夫婦と、フグ田マスオ・サザエ夫婦と、二代続いて「夫は外で働き、妻は家を守る」性別役割分業型の伝統的家族である〉(同書より)
だが、著者はそうしたサザエさんの保守性を指摘しながらも、〈別な側面から見ると、「サザエさん」からは、フェミニズムというべき香りが立ち上がってくる〉と述べる。
家父長制度の名残が色濃く残る一家のなかで専業主婦として存在するサザエさんが、フェミニスト……? 疑問に思う人もいるかもしれないが、ここは具体例を漫画から拾ってみよう。
まず、1947(昭和22)年に発行された記念すべき漫画の第1巻では、「男女同権トウロン会」にて壇上で「男性ヨ 女性ヲ カイホウ スベシ」と拳を突き上げて叫んでいるサザエさんが登場。さらに翌年に発売された2巻では、サザエさんがハロー社という出版社に就職するのだが、そこでもサザエさんは“傷害事件”を起こしている。
その事件とは、社内である女性社員が学生服姿の青年に「給仕のくせになんだい!給仕のくせに」と叱りつけているのだが、それを見た男性が、「みんしゅ的ではないっ!」と女性をステッキで殴打。が、その場面を目撃したサザエさんは「男女同けんにもとる!」と言って、今度は傘で男性を叩くのだ。
これらの漫画が描かれたのは、戦後間もない時期。社会では男女同権を主張する“強い女性”への風当たりもまだ強かったはずだが、作者の長谷川町子はそれを揶揄するのではなく、物語の主役に男女同権を謳う役割を担わせたのである。