たしかに、2015年度の概算医療費は、前年度から約1兆5000億円増加の41兆4627億円と発表された。また、日本の医療費の対GDP比でも、2013年には10.2%となり、OECD加盟34カ国の平均8.9%を大きく上回っている。
しかし、日本医師会総合政策研究機構の主任研究員である坂口一樹氏は、この高い対GDP比の本質は医療費の増大にあるのではなく、名目GDPの伸び悩みにあると喝破する。〈二〇〇七年から一五年までの日本の名目GDPの推移を見ると、リーマンショック(二〇〇八年九月)とデフレの影響で、アベノミクスというカンフル剤を打ち続けた後の二〇一五年段階(五〇〇・七兆円)に至っても、未だ二〇〇七年の水準(五一三兆円)に達していない。すなわち、分子(医療費)が増えたというよりも、分母(名目GDP)が増えていない、あるいは減少したことによって、日本の医療費の対GDP比は押し上げられたのである〉(「“自助”へと誘導されてきた医療・介護」/岩波書店「世界」16年4月号)。
だが、「医療費亡国論」者たちは、「2025年には医療費が104兆円にも達する!」などと不安を煽る。しかし、この数字にもカラクリがある。それは、官製による医療費予測はかなり多く見積もられているからだ。
前述した坂口氏の論考によれば、1994年、厚生省(当時)は2025年の国民医療費を141兆円と予測(97年に104兆円に下方修正)。こうした官製予測への対抗策として日本医師会は2000年に「二〇一五年 医療のグランドデザイン」を発表したが、こちらは2015年の医療費を48.6兆円(保険者コストを除く)と予測した。
日本医師会によるこの予測は〈厚生省予測に比べると手堅いもの〉だったが、実際はどうなったか。現実の2015年の医療費は41.5兆円となり、日本医師会の予測よりも約7兆円も下回った。さらに、厚生省の予測数値を遡って逆算すれば、2015年の医療費は103.8兆円(94年予測)や77.2兆円(97年予測)と予想されていたわけで、予測と現実では大きな隔たりがあるのだ。
坂口氏は、この予測と現実の食い違いを指摘した上で、このように論じている。
〈マスコミも国民も厚生省による予測を一方的に信じ込まされてきた感が強い。すなわち、厚生省による「医療費亡国論」という幻影に惑わされてきたといっても過言ではない〉
〈そこには、単に「医療費が大きく膨張して大変だ。だから医療費を抑えなくてはならない」というプロパガンダのみが存在し、的確な現状分析はもとより、将来の政策目標などは皆無と言わざるを得ない〉