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『ふたりの死刑囚』公開直前インタビュー

「名張毒ぶどう酒事件」奥西死刑囚を追いかけたドキュメンタリー製作者が語る、再審を阻む“司法の硬直”

『重い扉』の後、齊藤は視点を変えながら作品を重ねていく。裁判官の日常に密着した『裁判長のお弁当』(07年)、被害者遺族を追った『罪と罰〜娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父〜』(09年)、現役検察官を主役に据えた『検事のふろしき』(同年)。そして光市母子殺害事件に際しては、「鬼畜」とまで呼ばれた弁護士側の視点から『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』(08年)と、主任弁護士・安田好弘を追った『死刑弁護人』(12年)を発表。その間も定期的に名張事件のドキュメンタリーを2本撮り、前作『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(13年)では仲代達矢が奥西を演じるドラマ映画として公開した。

齊藤 実は、前作『約束』の時点で、僕はもう限界を感じていました。主人公・奥西勝さんを取材できないわけですから。塀の中にいて、手紙も出せない。面会もできない。もちろんカメラも入れられない。主人公を描けないドキュメンタリーの限界を感じたときに、これはもうドラマで表現しようと思ったのが『約束』です。だから、ある程度ここですべてやりつくしたという感があったんですよ。しかし、名張事件はまだ再審請求が続いている。僕は、とにかくこの事件を多くの人に知ってもらいたい。ならば、やはり東海テレビとして撮り続けるべきだろうと。そんなとき、ちょうど僕が管理職になったものですから、取材に外に出ることができなくなりまして、自分はプロデューサーとなり、鎌田に監督のバトンを託しました。

—──最新作『ふたりの死刑囚』では奥西死刑囚の葬儀のシーンが印象的でした。獄死の第一報を聞いたときには、どういった心境でしたか。

齊藤 亡くなったことを聞いたときにはね……僕は今、報道部長なので、まずは「速報を打たなければ」と思いました、他社よりもいち早く。すぐに指示して、テロップを出した。そういう意味では“特ダネ”でしたが、奥西さんの死を速報したのは、全国ニュースではNHKだけだったんじゃないかな。ようするに、それがこの事件なんですよ。東海地方のテレビでは速報が打たれ、新聞は号外も出ましたが、全国的には知られていない。そのあとは……これで奥西さんが楽になったんだな、と思いましたね。ようやく、塀の外にでられるね、と。葬儀は鎌田が取材していました。素材を東海テレビに送ってきていて、そのとき、初めて奥西さんのお顔を見たんです。編集室でずっと見つめていました。苦しそうな顔だなあって。手紙のやりとりもできなかったんですよ。取材も、間接的に支援者の方にこういうことを聞いてもらえませんか、というのが何回かできたぐらいで。

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