さらにこの際、麻酔薬を投与した中川死刑囚から「ポア(殺害)できる薬物を試したら死んだと聞いた」とも証言しているが、中川死刑囚はこれを否定。さらにその場にいた元医師の林郁夫受刑者も「井上証言はあり得ない」と証言している。それだけでなく殺害された仮谷さんの長男でさえ、中川被告の殺害示唆を「信じがたい」と井上証言に疑問を呈したほどだ。
また井上死刑囚は、宗教学者のマンション爆破などに問われた平田信被告の裁判においても、事件前に同被告に「これから『やらせ』で爆弾をしかけると言った記憶がある」と事前共謀、計画があったことを証言し、「何も知らなかった」と主張する平田被告と対立している。
平田被告はともかく、既に死刑が確定している中川死刑囚が、殺意を否定するという嘘をつく理由はない。一方の井上死刑囚は、数々のオウム裁判において「これまで誰も知らなかった」新証言を不自然なまでに繰り出し、多くのオウム被告たちを“より重罪”へと導いていったのだ。あるオウム取材を長年続けてきた公安ジャーナリストはこう解説する。
「教祖・麻原彰晃の側近で諜報省大臣として非公然活動を担当した井上死刑囚ですが、オウム裁判が始まると、一転、麻原や元信者たちと対峙してきた。それは事件への反省という意味もあるでしょうが、しかし取調べの過程で、オウムへの帰依や洗脳を捨てさせ、逆に検察への逆洗脳が起こったと見られています。その後は、まるで“検察真理教”となったがごとく、検察にとって有利な証言を繰り返し、“有罪請負人”の役割を果たしてきた。オウム事件は多くの信者が関わり、その役割は物証ではなく彼らの証言に依存せざるを得なかった。そこで検察の描いたストーリーに沿った公判を維持するため井上死刑囚が果たした役割は大きい」
その結果、井上死刑囚と他オウム被告たちの証言はことごとく食い違っていくのだが、しかし裁判所もまた井上死刑囚の証言を採用していく。その結果オウム被告たちは、より重い罪に問われるだけでなく、事件の“真実”“真相”すら曖昧に、そして闇に葬られることになったのだ。
ところが、今回初めて井上証言の信用性に疑問符がついた。こうした評価がなされた以上、他事件に関してももう一度、その精査が必要だろう。一連のオウム真理教事件の“真相“を知るためにも。
(伊勢崎馨)
最終更新:2016.08.05 06:43