安倍首相は、5月の閣議決定後の会見で、「例えばISILに関しましては、我々がここで後方支援をするということはありません」と明言した。だが、その約1年前には、事実上のアメリカの中東制圧作戦、それも陸軍兵力を用いた作戦を想定した訓練をしていたことになる。これは、安保法制が成立した後には、自衛隊の現実的運用として、「イスラム国(IS)」の一部支配地域であるシリアやイラクを含む中東砂漠地帯に派兵する用意があることと同義ではないのか。
もっとも、ISが「建国宣言」をしたのは昨年6月、オバマ米大統領がその制圧を公式に決定したのは昨年9月であり、日付上はNTCでの日米合同訓練の前だが、しかし忘れてはならないのは、米側がISへの空爆の根拠としたのは、ほかならぬイラクからの要請による“集団的自衛権の発動”だったことだ。
今後、アメリカを中心とする「対IS戦争」が激化した際に、米側から日本に軍事的協力を要請される可能性はきわめて高い。安保法制が定める集団的自衛権発動の条件は、法律解釈上、これを拒否することができないからだ。しかも、安倍首相がホルムズ海峡の機雷掃海について石油資源の確保を理由にその必要性を強調することからもわかるように、仮にISが日本の石油輸入国であるサウジアラビアやUAEなどへ侵攻した場合、これが武力行使の新3要件にある「我が国と密接な関係にある他国への攻撃」と政府によって恣意的に判断されることだってありえる。事実、国会答弁でも安倍首相らは、どの「他国」が「我が国と密接な関係にある」か、明言することを避け続けている。
安倍首相が「安保法案により他国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」と断言して憚らないのであれば、上のようなケースについての具体的条件を詳細に策定する必要がある。しかし、今にいたっても政府は「個別的なケースについては申し上げられない」の一辺倒。つまり安倍首相は、日本の「対IS戦争」参戦の余地を“あえて”残しているのだ。
ようするにこういうことだろう。安倍政権は中国脅威論を用いて“アメリカの軍事力が日本の近海での防衛力を高める”と喧伝する情報戦略を打ち出しているが、実のところ安保法案の真髄は“アメリカの武力侵攻に日本がより直接的に参加する”という真逆の事態なのだ。安倍首相は、それを国民に悟られたくないのだろう。