手術がない時はどうだろう。ハナの場合、片隅の医師控え室で食事を摂ることがほとんどだ。いつなんどき緊急手術が行われるかわからないから待機しなくてはならない。きちんとした食事を摂ることなど不可能で、もっぱらカップラーメンをすする。患者にもほとんど接せず、ひたすら手術室と病院の片隅で長時間を過ごす麻酔科医。特殊な環境ゆえに精神的に異常をきたすこともあるらしい。
手術室は完全空調で窓もない。そんな環境に長時間いると、季節感や時間の感覚さえなくなるという。自分が少し「おかしい」と感じているハナがこうつぶやいた。
「…このままじゃ私…ガンゼル症候群になっちゃうかも…」
ガンゼル症候群とは監禁された人が認知症的な症状に陥るものだが、そこまで追いつめられるのが麻酔科医だという。
しかも麻酔科医は「劇薬や麻薬をつかって患者の意識・呼吸 時には心臓まで止める」ため、「長くやっていれば事故やミスではなくともそれに似たものの一つや二つは抱えて生きている」のだという。
麻酔科医による事故は統計が取られていないため正確な件数は不明だが、年間200万件の手術に対し200人以上が麻酔事故による被害にあっているというデータもある。ある医療過誤セミナーでは「笑気と酸素を間違え手術5分後に心停止」「酸素が空になっていて40代の患者者が死亡」「気管内挿管で間違えて食道に挿管し20代患者が死亡」などの例も報告されている。
自分の手で患者を殺してしまって、医師生命はおしまいとなりかねない、転落と隣り合わせのお仕事。それゆえか、麻酔科医ならではの知られざる“闇”も存在する。
「薬に走る麻酔科医なんて珍しくないし自殺者だってどの科よりも多い…」「麻酔科医と麻薬は切り離せない関係にある(中略)それゆえ麻酔科医の薬物依存の問題は深刻で 様々な対策や要請がなされている」「孤独で多忙な勤務体系の中 薬物に溺れ 職を追われて消えていく麻酔科医が後を絶たないのもまた現実なのだ」と。
肉体的、そして精神にも激務であり、かつ薬物が身近にある。そんな麻酔科医の衝撃エピソードといえよう。