『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎)
中学・高校での歴史教科書をめぐり、いまネット上で、ある文書が注目を集めている。「謂れのない圧力の中で──ある教科書の選定について──」と題された4ページの論文。2016年、富山大学教授・松崎一平氏が代表の「グループ帆」が編集・発行する「とい」という論文集に掲載され、同ホームページ上でも公開されている。著者は、受験最難関クラスである私立灘中学校・灘高等学校(神戸市)の和田孫博校長だ。
和田校長の論文は、歴史教科書の採択をめぐり、政治権力や右派勢力による具体的かつ組織的な“圧力”があったことを、赤裸々に物語っている。
灘中は、2015年に「学び舎」という出版社がつくる新規の歴史教科書「ともに学ぶ人間の歴史」を採択し、昨年度から授業で用い始めた。産経新聞16年3月19日付によれば、この学び舎教科書は、灘中以外にも麻布中学校や筑波大学附属駒場中学校、東京学芸大附属世田谷中学校など、少なくとも国立5校、私立30校以上で採択されたという。
ところが、和田校長が前述の論文で明かしたところによれば、学び舎教科書を採択した15年の末、〈ある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された〉という。さらに年明けには〈本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた〉というのだ。
和田校長は、この自民党衆院議員に対して「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えたというが、実際、文科省によれば国立や私立学校の教科書の採択の権限は校長にある。また、文科大臣による教科書検定は4年ごとに行われるが、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」は直近の平成27(2015)年に検定を通っている。つまり、この教材を学校が採択するのに問題など何ひとつないのだ。
しかし一方で、学び舎教科書は歴史修正主義の右派から強く敵視されていた。というのも、平成16年度検定以降、この教科書が他の中学校教科各社が一切採用しなかった慰安婦に言及し、河野談話も取り上げたからだ。
自民党議員が「政府筋の問い合わせ」として、灘中の校長に対し「なぜあの教科書を採択したのか」などとわざわざ問い合わせたのは、明らかにこの歴史修正主義の立場からプレッシャーをかけてきたとしか考えられない。
しかしとんでもないのはここからだ。自民党議員からの「問い合わせ」の翌月から、「何処の国の教科書か」「共産党の宣伝か」などと誹謗する匿名のハガキが灘中に次々と届きだしたという。