なぜ名古屋はこうなったのか? モータリゼーション、トヨタ、“アジア蔑視”的都市計画…矢部史郎インタビュー

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矢部氏『夢みる名古屋』(現代書館刊)


 かつては「ダサい」の代名詞のような扱いを受けていた名古屋。ところが、最近、そんな名古屋がブームらしい。コメダ珈琲店を筆頭とする名古屋系喫茶店モーニングブーム、手羽先、どて煮、味噌カツ、名古屋本も次々出版され、雑誌「BRUTUS」までが名古屋特集を組んだ。

 しかし、一方では、相変わらず名古屋は名古屋のままだ、という意見も根強い。

「名古屋ブームと言いますが、話題を呼んでいるのは、“名古屋めし”がほとんどです。街としての名古屋が評価されているわけではありません。実際、名古屋市が2018年9月5日に発表した『都市ブランドイメージ調査』によると、全国8都市のなかで『最も訪れたくない街』ナンバーワンなのです」

 こう語るのは、最近、『夢みる名古屋 ユートピア空間の形成史』(現代書館)という名古屋論を出版した矢部史郎氏。矢部氏は、名古屋近郊の春日井市在住で、現代思想に造詣が深く、『無産大衆神髄』『愛と暴力の現代思想』『原子力都市』『3・12の思想』などの著書がある著述家だが、同書では、タイトルと裏腹に、名古屋という都市の“ディストピア的性格”に迫っている。

 しかし、ブームと言われる名古屋が、一方で訪れたくない街としてトップになっているとは……。だが、矢部氏はあっさりと言う。

「これは正しい評価だと思いますよ。行政も自嘲的に認めざるをえないくらい、名古屋には訪れたくなる魅力がないということです」

 では、なぜ名古屋が「もっとも訪れたくない街」「魅力のない街」と言われるようになってしまったのだろうか。矢部氏の著書『夢みる名古屋』には、1920年代から戦中戦後の都市計画と区画整理、名神高速開通に代表される60年代のモータリゼーション、そして80年代の世界デザイン博覧会開催を軸としたジェントリフィケーションなど、名古屋という都市の形成に大きな影響をもたらした諸要素が緻密に論じられているが、矢部氏はその大きな要因の一つとして、戦後の都市計画をあげる。

「名古屋を『訪れたくない街』にしてしまったのは徹底した『都市計画』です。都市計画によって街が破壊されてしまった。たとえば名古屋“名物”である繁華街・栄の2本の100メートル道路。この道路は戦後、戦災復興都市計画でつくったものですが、この道路、2本の自動車道の間に公園が配置された構造なので、信号が2本の自動車道のそれぞれについています。ここを歩行者が通り過ぎる時には1度の信号待ちで渡りきることができないので、2回信号待ちをしなくてはならない。信号と信号の間の公園は、冬は寒くて夏は暑い。そのうえ、自動車の排気ガスに囲まれながら信号待ちをする羽目になります。なので、それを望まない歩行者は小走りで移動せざるを得ない。そして、そういうことができない人、たとえばベビーカーを推す母親、杖をついた老人などに冷たい。これでは残念ながら、せっかくの繁華街なのに、栄の街を遊歩するなんて感覚にはなりません。こんな街を訪れたい人がいるでしょうか」

名古屋をディストピア化させた過剰なモータリゼーションと“トヨタ”

 つまり、自動車交通至上主義の都市計画こそが、街の魅力を奪った最大の要因である、と矢部氏は分析するのだ。

「幹線道路をむやみに拡幅したり、都市高速をどんどん建設したり。郊外から市の中心地まで自動車でシームレスに移動できる街を作る。市街地を自動車で縦横に移動できるようにする。名古屋の都市計画者たちの自動車交通に対する無邪気な夢が、街を切り刻み、人と街との親密な関係を破壊してしまいました。そして、名古屋では狭い道路でも自動車が速度を落とさずに進入してきます。街が自動車のスケールで設計されているから、歩くのが困難で楽しくない。商店も少ないので日常の買い物にも苦労します。結論としては、都市計画者たちのユートピアとして作られた名古屋の街は、訪れる人にとってはディストピアとでも言うしかない街になってしまったのです」

 しかも、この都市計画と過剰なモータリゼーションは訪問者だけでなく、住民からも“街への愛着”を奪ってしまったという。

「自動車に乗って移動する生活、歩かない生活。これは街への愛着を失わせ、無関心を常態化させてしまいます。名古屋市民は戦後の道路計画の時代からずっと街から排除されていたと言えます。散歩をしたり、街角にたたずんだり、公園にたむろするという習慣が、ずっと以前に失われていました。都市空間が暴走する自動車と騒音と排気ガスに占拠されたからです。だから名古屋市民は、お昼を食べるにしても、公園のベンチで弁当を広げるよりも自動車の運転席で弁当を食べるほうを好むのです」
「自動車社会がもたらす問題点としてあげないとならないのは、人間の意識が衰弱してしまうということです。たとえば歩くということを考えてみましょう。歩くということには、たとえば道端に咲いている草花を見つめたり手に取ったりする、ということもふくまれています。けれど、そんなことは自動車の運転者にはできません。草花だろうがなんだろうが一瞬で通過するだけです。道路上に動物の遺体が転がっていても、一瞬気にとめるだけですぐに通り過ぎてしまう。そしてすぐに忘れるのです。私たちは知覚を単純化させ、感情を麻痺させなければ、自動車を運転することはできないのです。この感情の麻痺がもたらす衰弱が、名古屋という街への関心を失わせている大きな要因だと思います」

名古屋ディストピア化を生んだ日本行政の“アジア蔑視”思想

 もちろん、名古屋の過剰なモータリゼーションの背景には、名古屋が“トヨタのお膝元”であることも大きく関係しているだろう。矢部氏は、トヨタがモータリゼーションをさらにエスカレートさせたと同時に、その企業文化の影響も指摘する。

「かんばん方式で有名なトヨタですが、同社の自動車づくりが、下請け企業を縦に束ねた構造の上に成り立っていることなども見ないといけないでしょう。ルポ『自動車絶望工場』(鎌田慧/講談社)でも描かれているように、江戸時代の身分制社会が、名古屋が工業化するなかで改めて導入されているのです。その空気が名古屋の魅力を削ぎ、街をディストピア的にしている部分が少なからずあるでしょう」

 しかも、こうした名古屋のディストピア化はブームと言われるいまも進行していると、矢部氏は言う。

「いま、名古屋はブームとも連動した建設ラッシュが起きていますが、これも、ほかの都市のように、観光開発やインバウンドが目的ではない。不動産投機、不動産の価値を上げることが目的になっています。だから、観光地としての価値から逆に遠ざかって行ってしまう。数少ない観光資源である名古屋めしも、平準化した都市計画に飲み込まれて、価値をなくしてしまうんじゃないかと心配しています」

 だが、矢部氏が語っているモータリゼーションと不動産投機を優先する都市計画の問題は名古屋だけが抱えているものではない。

「これは本にも書きましたが、名古屋は特殊な街ではありません。むしろわたしたちにとって既視感のあふれるものが蓄積している街なんです。名古屋の都市計画は、日本の政治や行政が持ちつづけた思想をもっともよく体現したものだと思います。日本では、アジアを蔑視し西欧化をめざすことを号令して近代化をすすめてきました。その結果が、アジア的な街並みの排斥をもたらしています。都市計画者はアジア的な街並みを『スラム』と呼び、自動車道路によって切り裂いていった。そして、この都市計画の思想が日本社会をつらぬき、全国に広がっていった」

 名古屋的なものに日本全体が覆い尽くされていく。そう考えると、名古屋ブームもまた、日本全体がディストピア化していることのあらわれなのかもしれない。
(高幡南平)

『夢みる名古屋 ユートピア空間の形成史』著者プロフィール
矢部史郎(やぶ・しろう)
1971年生まれ。愛知県春日井市在住。
文筆・社会批評・現代思想。90年代よりネオリベラリズム、管理社会などを独自の視点で理論的に批判。
2006年、思想誌『VOL』に編集委員として参加。2011年に東京を離れ、現在は愛知県春日井市に在住。著書に『愛と暴力の現代思想』(山の手緑との共著、青土社)『原子力都市』『3・12の思想』(以文社)など。

最終更新:2019.08.13 05:36

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